平成15年10月11日
非営利法人研究学会
審査委員長:守永誠治
公益法人研究学会学会賞・学術奨励賞審査委員会は、第2回学会賞(平成14年度全国大会の報告に基づく論文及び刊行著書)及び学術奨励賞(平成14年度全国大会の報告に基づく大学院生並びに若手研究者の論文)の候補作を慎重に審議した結果、今回は学会賞に該当する論文または刊行著書はなく、学術奨励賞として次の2つの論文を選定しましたので、ここに報告いたします。
1. 学会賞
該当者なし
2. 学術奨励賞
今枝千樹(京都大学大学院経済学研究科博士後期課程)「非営利組織の業績評価と会計情報拡張の必要性—SEA報告の適用をめぐる議論とその先駆的実施例の検討—」(平成14年度公益法人研究学会全国大会自由論題報告、於・京都大学、『公益法人研究学会誌』VOL.5掲載)
【受賞論文の内容と受賞理由】
非営利組織における業績評価の問題は、社会的関心の極めて高いトピックでありながら、そのリサーチが困難であるとする観点から、わが国ではこれまでに必ずしも十分な成果をみることができなかった。このような研究環境の中で、本論文は、アメリカでの議論と経験から生み出された成果を手掛かりとしながら、この問題に取り組もうとする意気込みがみられる。この点を最初に評価できる。
非営利組織は、その固有の使命の達成を目的として活動し、資源提供者はその使命の遂行に対する関心に基づいて非営利組織に資源を提供している。したがって、非営利組織の業績は基本的には、その使命をどのように達成したかというその達成度によって評価する必要がある。ところが、非営利組織の設立・運営に関する経験が最も豊富に蓄積されたアメリカにおいてさえ、現行の会計基準では、財務的業績情報の提供を要求するにとどまっている点に留意する必要がある。本論文は、幅広い関連文献の詳細な検討を通じて以上の問題点を明らかにすると同時に、非営利組織会計の制度的整備を図るためには、非営利組織における使命の達成度の評価に役立つ情報を含める方向で会計情報を拡張する必要があることを主張するに至っている。
政府機関は、その活動環境において交換関係(exchange relationship)を欠き、単一の利益指標で業績が測定できないなど、非営利組織と極めて類似した特徴を持つ。アメリカにおいては、そうした特徴を持つ政府機関の業績評価に役立つ情報を提供する手段としてSEA報告を導入することが政府会計基準審議会(GASB)によって提唱されている。本論文では、SEA報告の特徴を、GASB概念書を手掛かりとしながら明らかにしたうえで、非営利組織における会計情報拡張の具体策としてSEA報告の非営利組織への適用を提案し、当該提案の必要性と可能性を、アメリカの非営利組織におけるSEA報告の先駆的実施例の紹介と検討を交えつつ、論証を試みている。
本論文は、非営利組織における業績評価という取扱い難い問題を、関連文献と一次資料の丹念な分析・検討に基づいて論じたものであり、その論理構成と論旨は極めて明快である。本論文が、非営利組織研究における業績評価の問題点の集約と、今後の方向に道を備える貢献は、大であると言える。今後の成果を期待するに十分なものである。ただ、現段階では、アメリカにおける議論と経験に関する検討に、やや難無しとは言えない側面も散見されるが、さりとて本論文の学術的価値を損なうほどのものでもない。むしろ、本論文は、非営利組織の業績評価に対する問題の着眼点とそれに対するアプローチから判断して、学術奨励賞に値するに十分なものであるとの審査委員の一致した見解を得た。
以上の点から、本論文を学術奨励賞に選定した。
3. 学術奨励賞
江頭幸代(広島商船高等専門学校)「環境コストと撤去コスト—ダムのライフサイクル・コスティングを中心として—」(平成14年度公益法人研究学会全国大会自由論題報告、於・京都大学、『公益法人研究学会誌』VOL.5掲載)
【受賞論文の内容と受賞理由】
ライフサイクル・コスティングは、アメリカ国防総省による軍需品の購入コスト・運用コスト全体の最少化要請に対応するところから生まれた原価管理手法であり、近年では日本の防衛庁や国土交通省でも導入されている。トップレベルの営利組織では、開発・設計、調達・生産・物流、リサイクル・撤退といった製品ライフサイクルの中で、製品ライフサイクル・コストの把握と計算が実施されている。文献データベースを検索すれば、膨大な文献がみられるところである。しかし、寡聞ではあるが工学関係の文献も含めて、明確な定義に基づき一定の体系のもとにライフサイクル・コスティングを展開している研究は、比較的少ないようである。また、ライフサイクル・コストに含めるべきコストの範囲も明確ではない。
本論文の第1の特徴は、ライフサイクル・コスティングを製品一生涯のコストの見積計算であり、管理手法であると定義し、2つの製品ないしは事業のライフサイクルを明確に区分して展開していることである。すなわちとしては、ユーザーにおける製品(ないしは事業)の開発から生産ないしは販売、その後製品を市場から撤退させてサービスを終了する時点までのライフサイクルであり、としては、製品の販売からユーザーの手に移り、ユーザーが製品を廃棄するに至るライフサイクルである。この2つのライフサイクルを明確に区分することにより、使用コスト・維持コスト・撤退ないしは破棄コスト・環境コスト等の位置づけが異なってくる。ライフサイクルを2つに区分することは、本論文のすぐれた着想として評価できる。
本論文の第2の特徴は、のライフサイクルを前提にライフサイクル・コストの範囲、特に撤去コスト・環境コストを明確にしていることである。本論文の取り上げるダムの事例は、日本一の氾濫川を制御する国土交通省直轄鶴田ダムと日本初の撤去が決った熊本県営荒瀬ダム(50年の水利権期限切れ)である。鶴田ダムの事例から後背地完全緑化、湖水循環、ダム周辺観光地化、河口海水溯上による取水口付替等広範囲なコストを示している。また熊本県営荒瀬ダムからは、泥土撤去、コンクリート処理地、ダム撤去による環境変化対応コスト等を示している。 ライフサイクル・コスティングの本来の目的からしても、環境コスト・撤去または撤退コストを企画設計段階で考慮してコスト計算に組み込むべきであり、取り上げた事例は的確であると言えよう。従来のライフサイクル・コスティングに関する文献では、ライフサイクル・コスティングの概略ないしはそれによる管理方法の説明に終始し、データ作成のプロセスないしは具体的なコストの例示が少ない。できる限り事例を収集・検討して、そのコストの範囲を明確にし、その発生確率の研究に歩を進めなければならない段階にきている。ただ、本論文の範囲外ではあるが、企画設計段階でダムのコスト・ベネフィットを考慮するとして、その現在価値を計算するとき、50年ないしは100年といったタイムスパンでは、物価変動率と過去の平均利子率を利用できないのではないかと審査委員は判断した。著者の今後の研究に期待したい。
いずれにしても、2つのライフサイクルを区別してライフサイクル・コストの範囲を環境コスト・撤去ないしは撤退コストにまで拡大したライフサイクル・コスティングを展開する本論文は、研究の体系化、問題の着眼点、現代的意義(たとえば海外事業、撤退をあまり考慮しない体質を持つ非営利組織への適用)からみて学術奨励賞に十分値するとの審査委員の一致した見解を得た。
以上の点から本論文を学術奨励賞に選定した。