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執筆者の写真非営利法人研究学会事務局

≪査読付論文≫法人形態から見た「チャリティ・公益法人制度」の国際比較:非営利の法人制度と会計を巡っての政策人類学的比較研究 / 出口正之 (国立民族学博物館教授・総合研究大学院大学教授)

更新日:6月11日

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国立民族学博物館教授・総合研究大学院大学教授  出口正之


キーワード:

チャリティ、公益法人、アンプ政策、政策人類学、サイロ・エフェクト、       

ニュージーランド、英国


要 旨:

 本論文の目的は、政策人類学的なクリティカル・パーステクティブを提供することによって、政策研究から閉塞的思考法を取り除き、日本のアンプ政策(公益団体に対する認定政 策)の特殊性を明らかにすることにある。具体的には、イングランド&ウエールズのチャリ ティ、ニュージーランドのチャリティ及び日本の公益法人に関する政策を「アンプ政策」 として取り上げ、法人格に着目することで、会計規制、法規制を比較可能な状態に整理し、法人格との関係から規制を比較した。その結果日本の公益法人にだけは、現金主義会計を小規模法人に適用するなどの比例原則に基づく政策が存在していないこと、さらに非常に特殊な政策を採用するに当たって「サイロ・エフェクト」に基づくサイロ的思考法に陥っている可能性を指摘した。


構 成:

I  はじめに

II アンプ政策

III 英国の法人格から見たアンプ政策

IV NZの法人格から見たアンプ政策

Ⅴ 日本の公益法人から見たアンプ政策

Ⅵ 政策人類学的比較から導かれる結論


Abstract

 The aim of this paper is to eliminate bias from policy research and to examine Japanese particularity of ANP Policy (policy to authorize not-for-profit public benefit entity) by researching from critical perspectives to ANP Policy as “Anthropology of policy”. This paper took up the charity policy of England & Wales, the charity policy of New Zealand and the public interest corporation policy of Japan as ANP Policy, focused on legal personality accounting and regulations from the standpoint of incorporated nonprofit public interest entity. As result of research, only public interest corporation policy in Japan does not have a principle based on the proportionality such as applying cash-basis accounting to small scale corporations, and, the paper points out possibilities being bias as “silo effect” in adopting the very unusual policy.


※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。

 

Ⅰ はじめに

 研究者は異なる法文化体系の制度を比較するときに、どこまで正確性を期すべきかという問題にいつでも直面する。例えば、「日英の公益法人比較研究」 と‶Comparative studies on Charities in UK and Japan”とを比較したとき に、当然のことながら、英国(本稿ではイングランド&ウエールズだけを対象とする)には「日本の法体系としての公益法人」は存在せず、同様に日本には「イングランド&ウエールズの法体系としてのチャリティ」は存在しない。どちらも表題として正確ではなく、どちらかの言語を 選べば、どちらかの法文化のバイアスがかかる。これらは研究の目的によっては無視できる程度に小さな差異であることもあるかもしれないが、 必ず無視できることであるという理論的根拠も 実はない。それどころか、誤解の温床となりうることでもある。  

 例えば、ニュージーランドの規模別会計を知った金子は「諸外国に目を転じても、規模等 に応じて区分された会計規制を行っている事例は少ない」(金子[2016]52頁)と驚きとともに、例外的な事例として紹介している。しかしながら、 ニュージーランド人の会計学者Cordery & Sim はこれとは180度異なる表現を使用し、「ほとんどの国で(例えば、イングランド、ウエールズ、スコットランド、米国)では、中小のチャリティには、 報告の免除や(発生主義というよりはむしろ)現金主義での報告が認められている」と、規模別の 会計制度の存在を世界の一般的傾向として紹介している(Cordery,C. J., & Sim, D[2014]p.80)。  

 日本の公益法人については、監査手法を除けば、中小規模法人に対して会計上の特段の取扱いがされていない。内閣府公益認定等委員会におかれた「公益法人の会計に関する研究会」(以下「会計研究会」という)では、中小規模法人に対する負担軽減策を主要課題としてわざわざ特掲して検討したうえで、中小規模法人に対して「線が引けない」という理由を用いて、小規模法人対策を放棄した(内閣府公益認定等委員会会計に関する研究会[2015])1)。ところが、公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(以下「公益認定法」)第5条第12号に係る会計監査人の規定については、中規模法人、小規模法人に対する対応は存在し、区分する線も存在している(出口[2016a])。

 このように常識では考えられないことが起こりながら、専門家の間でこの矛盾を指摘しないのは一体なぜであろうか?これらは何らかのバ イアスを前提にしないと理解できないものではなかろうか。一つの可能性として、「金子と Cordery&Sim」の正反対の認識を見れば、日本が中小規模公益法人に対する会計上の軽減措 置をもたない例外的な国であるという認識が、 専門家の間で殆んど共有されていないからではないかと考えざるを得ない。それゆえに監査上規模別に三つに区分する線があるにもかかわらず「線が引けない」という決して理由とはなりえない説明を抵抗なく使用できるのではないだ ろうか。  

 人類学者は、未知の文化の中に、「外部者= 内部者」として入り込むことによって、当該文化を理解してきた。テットは、そうした視点を欠くと、「他から隔絶して活動するシステム、 プロセス、部署」としての「サイロ」の中では 思考を押し込めてしまいがちで高度専門家社会に罠が生じてしまうことを明らかにした(テット[2016])。「サイロ」とは、もともとは穀物の貯蔵庫のことであるが、窓のないサイロに入るとそのサイロ内だけの思考法に支配されるという意味で英語では使用され、日本語の「専門の蛸壺化」に近い用語である。また、Shore & Wright[1997]は、人類学的な視点を政策研究に生かす「政策人類学」というものを提案している。その本質は、内のグループにはない”Critical Perspectives”を有しているか否かであって、”Critical Perspectives”を 政策研究に取り入れることが「政策人類学」なのだと主張する2)。これは「サイロ化」する学 問に対して、学問が陥っている視野狭窄的な視点を拡大させることを意味している3)。学問が陥っている視野狭窄的な視点を本稿では「サイロ的思考法」と呼ぶと、会計議論の中のサイロ的思考法の存在を明らかにしていくことが、政策人類学的な研究の意義であるといえる。  

 本稿はこの立場から、イングランド&ウエー ルズ(以下英国という)4)、ニュージーランド(以下NZという)の制度を比較検討していこうとするものである。言い換えれば、各国の政策を発展段階の時間差や法・会計別個のものとして見ずに、各文化に裏打ちされた相対的なものとして、中立的に考察することを政策人類学的研究 の具体的な方法論として採用しようとするものである。というのも、後述するとおり、法人格付与の問題では、NZが、英国に先行しているからである。我々は、会計上の問題を考えるに際しても、法律の問題も英国が先行しているというようなサイロ的思考法が生じる可能性がある。また、会計に関しても「現金主義から発生主義へ」という進化論的なサイロ的思考法を一旦除去することから研究を行うこととする。


Ⅱ アンプ政策

 そこで、サイロ的思考法を避けるために各国の制度に依存する用語を一旦新しい用語に置き換えてから論考を出発させたい。  

 世界の多くの国では、非営利組織の中のある種の組織を政策上優遇するために認定する政策を有している。本稿ではこれを「アンプ政策」(policy to authorize not-for-profit public benefit entity<ANP Policy>)と称する。この事例として英国のチャリティ制度、NZのチャリティ制度、 日本の公益法人制度を取り上げる。その場合、当局が「アンプ政策として権限付与された組織」(以下「アンプ組織」という)5)(organization equivalent to ANP Policy=OEA)であると認める公的作業をここでは、「権限付与」<Authorization>6) と呼ぶ。つまりアンプ組織(OEA)として、英国の登録チャリティ、NZの登録チャリティ、 さらに日本の公益法人を対象とする。

 その場合、英国と日本のアンプ政策は極めて 大きな相違を示していることが明確にわかる。 それは「アンプ政策」について英国では法人格付与の問題を切り離していたのに対して、日本では「アンプ政策」とは結局のところ法人格と連動した政策として発展していったことである。

 ところが、英国で2013年からCharitable Incorporated Organizations(以下「CIO」という。直訳すれば「慈善法人組織」。)という法人格が設けられた(古庄[2010]、Morgan[2013]、石村[2015])。  

 他方で、NZでは、1908年にIncorporated Society Act(1908)で、Incorporated Society(英国のCIOと対比する意味で、以下ISOという。直訳すれば「協会法人」)の法人格制度を制度化しており、英国に先立つこと100年の歴史をもつ(White [1972]、 Cordery, Carolyn J., Fowler, Carolyn J., Morgan [2016])。  

 日本では公益法人制度をはじめ、非営利政策は法人格に連動したため、アンプ政策において法人格に着目したうえで比較する手法はNZ及び英国の二カ国との比較も正確となる。また、 法人としての法規制及び会計規制の姿が法制度・会計制度と連動して正確に浮かび上がらせることができる。そこで、本稿では法人格付与制度(ISO、CIO、公益法人)を取り上げて、「アンプ政策」を上記三か国において比較検討していく。


Ⅲ 英国の法人格から見たアンプ政策

 英国での「アンプ政策」は、公益ユース法 (1601)からの蓄積があり、一般的な法人制度よりも長い歴史を有する。もちろん、海外に雄飛し貿易を行っていた会社はあるが、それらは個別に国王から勅許状(charter)を取得していたものである(本間[1963]、武市[1975])。同様に初期のチャリティは、勅許状チャリティとし て存在したが(Luxton[2001])、その後は本質的には信託法とリンクされている。「アンプ政策」 は、1853年Charitable Trust Actから1960年 Charitable Actと整備されていく。言い換えれば、「アンプ政策」は法人制度の成立以前から、つまり、法人格そのものが存在しない「ゼロ法人格時代」から存在していたのであり、その結果として、現在においても、法人格を有しないチャリティや勅許状チャリティが存在している のである。  

 他方で、法人制度は、チャリティとは別個に会社(Company)7)を中心に制度化が進んでいった。会社も当初は勅許状を基本としていたが、 そのうち、勅許状無しの会社が出てきて、さらに、共同出資型の形態も現れた。つまり、当時は多くの「法人格のない会社」が存在した。ところが、会社の負債を社員が負う事態、すなわち無限責任の問題が社会問題化した。1844年には、共同出資会社(Joint Stock Companies)法ができ、イギリスに広がっていた共同出資型の会社に法人格が与えられるようになったものの、 肝心の社員の責任については無限責任のままであった。そこで、ようやく1855年になって、有限責任法(Limited Liability Act)ができ、会社の株式を所有する社員の有限責任がはっきり明記されたのである(武市[1975])。そして、翌年、 両法は統一法としての共同出資会社法となった。

 さらに、1862年には、イギリスにおける「近代会社法のマグナカルタ」と称される体系的な会社法(Companies Act)が誕生した。すでに統一法の中に、「法人格の付与と有限責任」という原理は存在していたが、会社を網羅的に捉えるこの法律が以後の英国の会社法の基礎となった。このときに、「チャリティ」の法人組織として利用されるcompany limited by guarantee (「保証有限責任会社」と一般に訳される。以下「チャリティ会社」という)の規定もできたのである (Kendall&Knapp[1996])。英国における「会社」 は営利・非営利に対して中立的なものであった。 非営利組織は、会社法の枠を使用しながら、法人格の付与と有限責任を明確化させたものであって、それらは一般的にはチャリティ会社と称されている。会社法の枠内ではあるが、株式等の資本は有しない。また、剰余金分配は禁止 され、保証会社の資金はチャリティの目的にしか使用できないなどの規制がある。

 こうして、チャリティに関して、法人格の必要な団体にも、「会社法を使用」することに よって法人格が付与されることができるようになったため、過去からの経緯を含め、チャリ ティの組織としては、人格を有しない団体、公益信託、チャリティ会社などが並立していたのである。 

 チャリティ会社の誕生によって、その後法人格の問題は、長い間、顕在化しなかったが、チャリティ会社は会社法とチャリティ法の二重の規制を受けたうえで、報告書は企業局(Companies House)とチャリティ委員会へとそれぞれ提出しなければならない煩雑なものとなっていた。 そこで、単一の規制当局を求めて、有限責任を明確にしたチャリティ専用法人格が希求されるようになり、ようやくチャリティ専門法人格としてのCIOが誕生したのである(古庄[2010]、 石村[2015]、Morgan[2013])。

 その結果、以下の4つの法的カテゴリーにほとんどのチャリティが属することになった。第一に、新しいチャリティ専用法人格であるCIO。 第二に会社法の枠内のチャリティ会社。第三に信託。第四に人格を有しない団体であり、チャリティ委員会は、CIO制度の誕生によって、 CIOへの組織転換 を推奨している(Charity Commission [2016])。  

 CIOについては以下のような特長がある。① 有限責任であって、社員はCIOの負債を負わない、②統治文書はConstitution(定款)である。 ③登録はチャリティ委員会であり、登録すればチャリティ資格は得られる。言い換えれば、すべてのCIOはチャリティである。④ガバナンスはチャリティの理事(Trustee)による。チャリティ会社と似ているが、会社法の適用を受けない。⑤会社法の適用を受けないので、他のチャリティ資格とは異なる。⑥名称は資格を明記しない場合を除いて語尾にCIOをつけることが一 般的である。⑦CIOは常時、社員を有するが二段階の構造である。選任された理事がいる二階式と、社員すべてが理事である一階式。⑧イングランドとスコットランドでは有限会社と同様の破産に関する規制がある。スコットランドのほうが個人の破産の制度に近い(Morgan [2013] p. 4 )。  

 CIOの会計については表に示すとおり、CIOの粗所得によって4段階に分けられている。従来のチャリティは25万ポンドまでは、従来、報告 義務がなかったのに対して、CIOには報告を義務付けた。小規模法人は現金主義会計(Receipts and payments account)であって、確認については、 監事ではなく理事によって行うこととするなど、 チャリティの負担を考慮した形になっている。日本で英国のチャリティ会計上の報告書として、 紹介されるSORP(Statement of Recommended Practice:「実務勧告書」と一般に訳される)の完全 適用は、CIOについては、粗所得50万ポンド以上の大規模なものにだけ限定されている8)。したがって、SORPを英国のアンプ組織の「唯一の会計基準」とする捉え方は、誤解を生じさせるものである。


表1 CIO側から見た規模別会計要件

出所: Morgan[2015]:p.139を訳出。なお、粗所得£500,000でも、資産£3,260,000を超える資産があれば、監 査(Audit)が必要である(Charities Act 2011、144条⑴⒝)



Ⅳ NZの法人格から見たアンプ政策

 NZでは、英国の法制が適用されていた時代から、1840年のワイタンギ条約を経て、1852年のConstitution Act(憲法)を経て独自の法体系を有するようになった。法人格に関わる初めての法である会社法(1882)の成立前に、信託法 (1856)がすでに誕生し、さらに、The Charitable Funds Appropriation Act 1871(慈善基金法)によって、11種類のチャリティ目的が明文化して 規定されていた。NZには、英国同様に「ゼロ法人格時代」という時代に、「アンプ政策」は すでに存在したため、人格なき社団が「アンプ組織」として「権限付与」されていた。また、チャリティの信託法制については、会計、監査やその他の説明責任の要件が含まれていたが、 借入れについて制限がある信託ではなかった。その上、理事や社員の負債責任を有限としていなかった。この点は、実務上、多くの問題を抱え、法人として社員を有限責任とすることを認めさせるためには、チャリティは、社員の財産と組織の財産を区分する法的手段、すなわち法人格を必要とした。そこで、法人格を規定する唯一の 法律だった会社法(1882)の成立によって、法人格の取得は可能となった(White[1972];Cordery, Fowler,and Morgan[2016];OʼHalloran,McGregor -Lowndes and Simon,[2008])。  

 会社法設立後には、金銭目的に関連付けられないボランタリー組織に対する最初の公式の法制であるUnclassified Societies Registration Act of 1895(USRA1895:直訳すれば、未分類協会登録法)が誕生した。さらに、より適切な法人格取得への道、マネジメント、監督と解散ができることを目的として、会社法やUSRA1895の影響下にthe Incorporated Societies Act 1908(以下 「ISO法」という。直訳すれば「協会法人法」)が誕生した(White[1972])。この法律により、社員とは別個の主体としての法人としてチャリティ の設立及び登録が可能となった。また、義務を明確にした上で、法人の財産の所有を可能とするため、社団型のチャリティ専用法制としての位置づけを有するに至ったのである(New Zealand,Law Commission[2013])。これは英国が CIOとして法制化する100年も前にチャリティ専用法人格がコモンローの国で誕生したことを 意味しており、現代的な視点から見て極めて画期的である。

 その内容は、社員15名以上を必要とするほか、報告書が法定化された。また、法人の収支、資産および負債、財産に影響を与えるすべての担保、手数料および有価証券を明示することが義務付けられた。また、上記の報告書は、「総会で社員に提出し承認を受けた」という証明書を必要としたが、いわゆる監事による監査証明は必要なかった。NZ Law Commissionは、Incorporated Society Act を“世界的に先導的で革新的なもの”と評価 (NZ Law Commission[2013]p.ⅳ)している9)

 また、NZでは信託や法人の規定の他に、財務報告法(1993)が定められ、チャリティのうちISOについては、かつては「セクター間中立会計」すなわち、企業会計と非営利会計の間には同じものが使用されていた。しかし、非営利会計とIFRSとの乖離が大きくなり、「コンプラ イアンス・コスト低減の観点」からチャリ ティ・セクター専用の会計へ方向転換がなされ、 財務報告法が2013年に改正された(NZ Law Commission、ニュージーランド法制委員会)。その結果、2014年4月1日より、財務報告法の改正により、すべての登録チャリティは「セクター 独自」の新基準に移行。すべての登録チャリティに報告義務が課された。従来は、小規模チャリティについて報告義務はなく、会計についての制約もなかったが、報告義務を課す代わりに、会計の経費負担が少なくて済む会計を明示したのである。  表2は法人側からそれを表したものである。


表2  ISO側から見た規模別会計要件

出所: NZ Charities Service 2016 ホームページ より訳出


 チャリティに関する会計は、支出又は費用規模によって、4段階に分け、小規模法人については、現金主義である。また、企業会計が IFRSに影響を受けた分、チャリティとの乖離 が大きくなりすぎ、現在では、チャリティについては企業会計と異なる会計となっている (External Reporting Board[2015]) 。つまり、英国もNZもチャリティ組織は規模別に区分され、 その区分によって、①監査の方法、②現金主義か発生主義かなどの会計の方法が「線引き」によって区分されているのである。


Ⅴ 日本の公益法人から見たアンプ政策

 日本の法人制度については大陸法、特にドイツ法の影響を受けており、民法成立時から法人概念はしっかりと存在していた。しかし、会計上の規定はほとんどなく、わずかに資産の登記義務(旧民法46条)、財産目録の作成義務(同51条)、監事についても任意設置であった(同58条)。  

 公益法人制度は、法人格に着目すれば、三つの時代に区分しうる。旧民法初期(1896~1949)は、公益法人に関しては、民法34条に基づく公益法人の単一法人制度時代と言ってよかった10)。 民法に公益の法人格に関する規定が存在していたので、イングランド&ウエールズやNZで見られる「会社法利用による法人格取得」は必要なかったと考えられる。

 第二期としては、学校法人制度の成立を皮切りに、主務官庁別の法人制度によって、民法34条法人がガラパゴス化していった、ガラパゴス化時代(1949~2007)である。会計や報告義務については、不十分だった旧民法規定と異なり、私立学校法等の特別法の中で規定されていく一方、改正前の公益法人については、指導監督基準の中で公益法人会計基準が誕生し、あくまで 行政指導として原則適用されるという捻じれた状態が続いた。

 そして、第三期として新公益法人制度が施行される公益法人制度改革(2007~)を迎え、現在に至っている。一般社団法人、または、一般財団法人という組織に「アンプ組織」としての 「権限付与」がなされ、場合によっては、行政庁により「権限付与」の取消しが法人格を有したままなされることになった。その点で、NZの制度すなわちISOという法人に対して「アンプ組織」としての「権限付与」を行う手法と酷似するようになった。  

 会計に関しては、公益法人会計基準が、昭和52年に公益法人監督事務連絡協議会の申合せとして設定された。その後、昭和60年の公益法人指導監督連絡会議決定による改正が行われ、長らく使用されてきた。しかし、公益法人等の指 導監督等に関する関係閣僚会議幹事会において、 会計基準の検討を行うことを申し合わせて、平成16年公益法人会計基準が誕生した。  

 平成16年公益法人会計基準については、受託責任会計から、情報提供会計へとその理論的枠組みを転換した(尾上[2016])と捉えられている。

 また、平成16年公益法人会計基準によって、 収支計算書が廃止され、フロー型の正味財産増減計算書が使用されるようになり、現金主義会計から発生主義会計へと転換したと捉えられていることが一般的である。しかしながら、平成 16年公益法人会計基準についても、指導監督基準における原則適用であり、その拘束力は必ずしも強くはなく、2007年以降の新公益法人制度移行後においても、昭和60年公益法人会計基準や企業会計基準も使用されていた(内閣府公益 認定等委員会会計に関する研究会[2015])。

 さらに新制度に合わせて改正された平成20年公益法人会計基準については、適用を強要する根拠はないものの、第1に企業会計と「財務諸表の定義」を同じくするなど企業会計に近づけた要素と、新公益法人制度に合わせて、「公益目的事業会計」、「法人会計」、「収益事業等会計」に区分した正味財産増減計算書内訳表の作成を定めるなど公益法人特有の要素が新規に誕生した。  

 第三期(2013-16)公益認定等委員会になってからは、「小規模法人に対する負担軽減策」を検討するために会計研究会が設置され、報告書 が出されると、アンケート結果11)から、94.1% の法人が平成20年公益法人会計基準を使用していることを理由に、平成16年会計基準を使用してもよいとするFAQを2016年 6 月30日に廃止改正し、平成20年公益法人会計基準適用の圧力をFAQのみによって強めた(FAQ問Ⅵ-4-①)。


Ⅵ 政策人類学的比較から導かれる結論

 英国、NZのアンプ政策の中で、明確に出てきているのは、会計に関するコストとのバランスを考慮したアンプ組織に対する中小規模法人 政策である(Cordery and Baskerville[2007])。言い換えれば「比例原則」の考え方を反映している。この点から規模別に会計手法や報告義務の程度を区分する考え方は、企業、非営利問わずに広く採用されている。

 英国においても、Charity Commission[2016] の“Charity reporting and accounting: the essentials” (CC15d)の中の1.3に見られるとおり、25万ポンド以下の粗所得のCIO(すべてチャ リティである)は現金主義が可能であり、法律 にも盛り込まれていて、IFRS(国際財務報告基準)とは無縁の世界にある。

 ところが、日本で紹介される英国の事例は 「各国がIFRS導入に取り組む中で、先んじて非営利・公益組織であるチャリティにまでIFRSを反映させた英国の議論は、追随する国々に大きな示唆を与えるものと考える」(上原[2016]: 2.下線部引用者)といったように、英国のチャリティはIFRSを反映しており、かつその制度が先進的であり、後発国(日本を含むものと考えら れる)は先進的な制度を取り入れていくとする 社会進化論的なサイロ的思考法が明確に見出せる。

 しかし、本稿で見た通り、NZと英国を比較しただけでも、チャリティ法人格や会計につい ては、NZですら英国に追随しておらず、IFRS からは離れている。  

 「英国はIFRSを反映したSORPが原則適用でかつ各国が追随する」という主張では、中小規模法人に対する政策議論にも誤ったシグナルを与えかねないだろう12)。  

 例えば、「平成27年度 公益法人の会計に関する諸課題の検討結果について」(内閣府公益認定等委員会会計に関する研究会2016)においても、 IFRSに対応した企業会計の変更が公益法人会計基準にも、部分適用することが提案された。それに伴ってFAQが改正されたが、小規模法人へのIFRSに伴う会計基準の変更の適用は、本稿で示した通り、少なくとも英国、NZでは事例がないし、前述の通りNZはすべての規模において企業会計とは異なる方式に切り替えている。 内閣府公益認定等委員会会計に関する研究会がこのような世界的にも類例がないような報告書を連続して出し、その点についての記載もなければ、さらに、それについての専門家から大きな反論もない点は、日本の公益法人会計議論がサイロ的思考に陥っているとしか言いようがないのではなかろうか?言い換えれば、会計規制の観点からのみ、日本と海外の大規模法人用の制度を比較するだけになり、正確な比較ができないままに、日本の政策を世界に合わせようとしながら世界から離れていく結果になっている。

 本稿は、小規模法人に対する現金主義を推奨するものではないが、あたかも諸外国で現金主義が認められていないかのような主張が通ると したら、それは正していかねばなるまい。

 また、日本における公益法人の職員の中央値がわずか 5 名であり(内閣府[2016])、小規模の公益法人には、報告書作成事務量が多大な負担となっている(公益財団法人公益法人協会[2015])ことから、中小規模法人政策を真剣に議論していく必要性を政策人類学の立場から見出しうるのである。


【謝辞】

 本論文はJSPS科学研究費JP15K12993の助成を受けたものである。また、非営利法人研究学会関西部会(平成28年 4 月23日)、非営利法人研究学会全国大会(平成28年9月18日)に発表した際のコメントなどを参考に加筆修正したものである。また、査読者から的確なコメントを頂戴し、あわせてお礼を申し述べたい。


[注]

1) 公益法人に関する会計研究会は、小規模法人を定義することは難しいという認識を示した上で、「たとえ小規模法人であっても、同じ公益法人として認定基準を満たし、社会的な 位置づけを得ていることから、その活動への期待は、規模の大小に関わらず同じであり、 公益法人としての原則的な処理が必要であるとの結論になった」(内閣府公益認定等委員会 [2016]6 頁)としている。

2) 政策人類学の成果の一つとして、意図せざる規制の強化ないし緩和としての「クリープ現象」の存在が指摘できる(出口[2016b])。

3) 近年、この主張を取り入れた影響力のある書物として、テット[2016]の存在を指摘できる。

4) 英国において、イングランド&ウエールズとスコットランドの制度は本論文の趣旨に影響しない程度の差しかないので、本論文ではイ ングランド&ウエールズを指すにあたって英国と表現している。

5) 「アンプ政策」はもともと英国のチャリティ政策との関係から、「チャリティ同等政策」 という表記を考えていたが、平成28年4月23日の非営利法人研究学会関西部会において、「英国の用語より、中立的な表現のほうが学術的によいのではないか」という指摘を受け、「アンプ政策」に変更した。したがって、用語は本論文のオリジナルである。

6) 英国とニュージーランドではRegistrationとい う用語が使用されるが、他国へも適用可能な一般的な用語として「権限付与」<Authorization> を使用した。

7) 「会社」とはCompanyの翻訳語であり、翻訳語として成立した日本語の「会社」はイギリスにおけるCompanyと同義語ではない。少なくとも、日本語の「会社」には、非営利の組織を含む概念として認識されていないのに対して、イギリスのCompanyは非営利の組 織を含んでいる。

8) 25万ポンドから50万ポンドまでは財務活動報告書(SoFA(statement of financial activities) と 貸借対照表(balance sheet))と簡易版のSORPが適用される。なお、25万ポンド以下は現金主義に基づく収支表(receipts and payments)と財産・負債表(statement of assets and liabilities)だけでよい(Morgan[2013]pp.138-139。Charities Act(2011)133条)。なお、英国では損益計算書に基づくBalance sheetと現金主義に基づ くStatement of assets and liabilitiesは別物である。

9) 18,687のチャリティのうち、41.2%がISO、53.6% が信託、5.2%がカンパニー、残りは人格なき社団である(Cordery, Carolyn J., Fowler, Carolyn J., Morgan[2016])。

10) 法人格としては、社団法人、財団法人の2法人格であるが、セットとして公益法人という1種類としてここで扱う。

11) アンケートは平成25年7月1日から16日に実施され、平成25年6月末に、公益法人または 一般法人に移行した内閣府を行政庁とする法人で計算書類を作成済と考えられる2,429法人を対象に行われて、1,498法人から有効回答を得ている(61.7%)。そのうち、公益法人数は888法人である(公益法人協会[2015])。このアンケートにおいて、回答者の94.1%、 すなわち実数ではわずか800強の法人で国所管のみの公益法人が平成20年公益法人会計基準を使用していると答えているに過ぎない。また、小規模法人が多いと考えられる地方を行政庁とする公益法人についての調査は行っていない。

12) その際、英国のチャリティ会計がIFRSに近づいたのか、チャリティ独自路線を守ったのかについても、様々な角度からもう少し詳細な検証が必要である。


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[参考ウェブサイト]

Charity Commission Charity types: how to choose a structure(CC22a)  https://www.gov.uk/guidance/charitytypes-how-to-choose-a-structure#how-tochange-your-charitys-structure アクセス日2016年11月29日

(論稿提出:平成28年11月30日)

(加筆修正:平成29年3月27日)



 

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