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公認会計士 松前江里子
キーワード:
非営利組織の自立性 一般目的 純資産 情報ニーズ 説明責任 資源提供者
要 旨:
非営利組織は、社会的保障活動への期待を大きく受けており、彼らが果たすべき責任は、会計を含むガバナンスの仕組みによって支えられる。今回、提案されたモデル会計基準は、非営利組織の行動を説明する目的に対応して、非営利組織の自立性を前提とした会計基準という考え方を基本としている。基礎概念とモデル会計基準は、一般目的の財務報告を作成することを目的としている。この概念に基づいて、貸借対照表、活動計算書、およびキャッシュ・フロー計算書が財務諸表として採用された。個別の論点では、純資産区分の考え方、活動計算書の区分様式、非交換取引に関する収益認識、固定資産の減損の規定等に非営利組織の特徴が反映されており、非営利組織への採用を提案したい。
構 成:
Ⅰ はじめに
Ⅱ 非営利組織の財務報告の検討の背景と目的
Ⅲ 財務報告目的と情報ニーズ
Ⅳ 財務報告の基礎概念・モデル会計基準の必要性
Ⅴ 日本公認会計士協会における開発の経緯
Ⅵ 財務報告の基礎概念について
Ⅶ モデル会計基準について
Ⅷ 現状課題の認識と法人形態別会計基準への影響
Ⅸ 非営利組織における基礎概念・非営利組織モデル会計基準の今後の方向性
Abstract
Non-profit organizations are highly expected for social welfare activities. Their responsibilities to be fulfilled are supported by the governance system including accounting. The model accounting standards proposed by JICPA are based on the concept of accounting standards that assume automous nature non-profit organizations in response to the purpose of explaining operations of non-profit organizations.
Basic concepts of financial reporting and the model accounting standards are developed for the general purpose of financial statements. Based on this concept, financial statements primary consist of the balance sheet, activity statement and cash flow statement.
As for individual issues, the characteristics of non-profit organizations are reflected in the concept of net assets classification, presentation of activity statement, revenue recognition for non-exchange transactions and provisions for impairment of fixed assets. I proposed implementation of the model accounting standards with necessary adaptation to various non-profit organizations.
Ⅰ はじめに
日本公認会計士協会(以下、「協会」という。)は、2013年に非営利法人委員会研究報告第25号「非営利組織の会計枠組み構築に向けて」を公表し、民間非営利組織に共通の会計枠組みを構築する必要性と、そのための重要なステップとして、モデル会計基準の開発を提唱した。2015年には協会の中に非営利組織会計検討会を設置して、「非営利組織の財務報告の在り方に関する論点整理」(以下、「論点整理」という。)を公表した。続いて2016年に非営利法人委員会研究報告第30号「非営利組織会計基準開発に向けた個別論点整理~反対給付のない収益の認識について」、2017年に非営利法人委員会研究報告第34号「非営利組織会計基準開発に向けた個別論点整理~固定資産の減損~」を公表した。2019年7月には、これらを基に「非営利組織における財務報告の検討」(以下、「報告書」という。)1)を公表した。「モデル会計基準」は、報告書を構成する附属資料として、「財務諸表の基礎概念」とともに公表された。本稿では、モデル会計基準の適用による非営利組織への影響について検討したい。
Ⅱ 非営利組織の財務報告の検討の背景と目的
近年、社会福祉その他の社会的課題解決への民間セクターの役割拡大の要請が高まる中、様々な非営利組織が存在し、既に重要な役割を担っているが、その活躍の場は、民間の自発的・創発的行動による社会的サービスの提供や政策提言等、多様な価値の提供の主体へと広がりを見せている。今後、社会からの期待に応えていく上で、非営利組織の自立と経営力を向上させていくことが求められる。また、多様なステークホルダーのニーズを反映しつつ、健全な経営を実現し、組織目的を実現することが求められる。さらには、法人形態間の差異が小さくなりつつあり、財務報告についても法人形態の枠を越えて、非営利セクター横断的なプラットフォームを構築することが重要となっている。
Ⅲ 財務報告目的と情報ニーズ
財務報告の目的は、主たる情報利用者の意思決定有用性、そして提供された資源をどのように利用したかの説明責任を果たすことである。情報利用者は様々であり、多様な情報ニーズ全てに対応すると、財務諸表が複雑化するため、重要な情報ニーズに焦点を当てて資源提供者及び債権者を主たる情報利用者と位置付けた財務報告モデルとしている。
Ⅳ 財務報告の基礎概念・モデル会計基準の必要性
モデル会計基準は、複数の会計基準間の相互整合性を高め、財務報告の目的を達成するための会計基準である。財務報告の基礎概念は、会計基準を開発する際の基本的な指針となり、一貫した考え方に基づき会計基準を開発し、明確な体系の下に目的を達成することが可能になるためモデル会計基準の作成の前提となる。
Ⅴ 日本公認会計士協会における開発の経緯
協会では、非営利組織会計検討会(座長:会田一雄 慶応義塾大学名誉教授)が主体となり、これまで民間非営利セクター全体に共通する一般に分かりやすい会計の枠組みを構築すべきと提唱してきた。検討に当たっては、4つの点に留意した提案となっている。
第1に、利用者の情報ニーズを汲み上げ、情報利用者の期待に応えるものであることである。
第2に、非営利組織に固有の特性を反映したものである。この点は、我が国の会計の共通の物差しとして代表的な企業会計とは別に、非営利組織の特性を反映した財務報告の枠組みから会計基準まで作成している。
第3に、非営利セクター全体での一貫性が確保されていることである。非営利セクターは、複数の法人形態が存在し、事業が重なったり、利用者等の利害関係者が同一であったりという状況がある。そのため得られる情報は、会計処理や表示の面で整合性が図られた共通の枠組みの基で作成された会計情報でなければ、情報利用者は適切な理解ができず、異なる組織間の比較も困難になる。
第4は、一般の情報利用者にとって分かりやすい会計であることである。この点が最も重要であり、多くのステークホルダーが開示される会計情報を利用して意思決定に活用するためには、作成される会計情報が情報利用者にとって、利便性の高いものである必要がある。情報利用者が増えることで、非営利組織の活動へ参加するための障壁を下げ、さらに多くの利用者を集めることになり、活動の継続性が保たれる。
Ⅵ 財務報告の基礎概念について
1 財務報告の基礎概念の構成
財務報告の基礎概念は、民間非営利組織の作成する一般目的の財務報告について、基礎となる概念を整理したものであり、会計基準の基礎にある前提や概念を体系化したものである。体系だった財務報告の基礎概念があることにより一貫した考え方の下に会計基準を開発することができ、財務報告の目的を達成することが可能となる。また、財務報告の基礎概念が見える形に文書化されて、一般に共有されることにより、財務諸表の作成者や情報利用者が会計の前提となる考え方を知り得ることとなる。その結果、例えば、会計基準に記載のない事象が発生した場合にも、解決のための指針を提供し、会計基準の解釈や作成した財務諸表自体の理解も深めることとなる。
報告書の結論では、企業会計との関係は、企業会計の概念フレームワーク及び会計基準とは独立したものとして、非営利組織の基礎概念から会計基準まで一貫したものとしている。基礎概念は、法人形態別会計基準を広く検討し、多様性を包含できる枠組みとなるようにまとめられており、今後、法人形態別会計基準を改正する際に、十分に参考となるものと考える。
財務報告の基礎概念は、図1の左側に記載した項目で構成しているが、企業会計基準委員会(ASBJ)討議資料の「財務会計の概念フレームワーク」2)を参考にして作成しているため、当該資料との関係を示すと図1の右側に記載した整理になる。基本的な考え方は、当該フレームワークの考え方を尊重しつつ、非営利組織の特徴を反映して作成している。
図1 非営利組織の財務報告の基礎概念
(日本公認会計士協会出版局『会計・監査ジャーナル11月号』、117頁)
非営利組織の財務報告の目的を設定する上で、組織目的からの影響が大きいと考えられるため着目すると、非営利組織は、組織の活動を通じて、公益又は共益に資することを目的としている。資源提供者は、資源提供行為に対する組織からの見返りは予定していない。なお、非営利組織の中には、その活動内容から経済的利益を生み出す活動もあるが、それ自体は否定されるものではなく、稼得された経済的利益は、当該組織の目的の下に実施される将来活動に使用されることを予定している。
また、非営利組織の1番の特徴としては、分配をしないことにあるが、非営利組織として活動している組織の中には、残余財産の分配等も想定される組織もあり、非営利組織の範囲にはどのような組織までを含めるかの判断が難しい。報告書では、剰余金の分配が可能となる場合、当該経済的利益の大きさや資源提供者が負うリスク、資源提供者が見返りとして経済的利益を受けることを期待しているかを考慮し、組織が資源提供者に経済的利益を提供することを目的とするかどうかにより判断することとしている。
2 財務報告目的に対応した3つの提供情報
財務報告は、資源提供者及び債権者に代表されるステークホルダーの意思決定に有用な情報を提供することと併せて、非営利組織に提供された資源をどのように利用したかについての説明責任を果たすことも目的としている。加えて、多くの非営利組織は、税制優遇の措置を受け、間接的に国民や地域社会からも資源を付託されていると捉えられるため、広義の資源提供者まで考えると非営利組織の報告は、付託された資源が制度目的に沿って効率的かつ効果的に利用されていることを広く説明すること、すなわちスチュワードシップに基づく説明責任を果たすための手段として位置付けられる。
情報ニーズについて、資源提供者は、組織の目的に沿って公益又は共益的な活動を実施し、社会的サービス提供や課題の解決に向けた成果を期待し、債権者は、非営利組織の与信情報、回収可能性の判断のための情報として、継続的な活動能力に関心を示すものと考えている。また、スチュワードシップに基づく説明責任を考えた場合、提供した資源が提供者の意図に従って利用されているかに関心があると考えられる。このような状況から、財務報告に期待される情報ニーズは、継続的活動能力、組織活動、資源提供目的との整合性の3点から構成されるものとした。図2は、財務報告の目的を明示し、目的を達成するために必要となる情報、その情報を示す書類を体系的に示したものである。
図2 財務報告目的、情報ニーズ及び提供情報の体系的整理
(日本公認会計士協会『非営利組織における財務報告の検討~財務報告の基礎概念・モデル会計基準の提案~』附属資料 1 非営利組織における財務報告の基礎概念、6頁)
3 有用な財務情報の質的特性
質的特性については、基本的な特性としてまず、目的適合性と忠実な表現を満たすことを定めている。目的適合性は、情報利用者の意思決定に違いを生じる可能性があること、忠実な表現は、情報が対象とする現象を忠実に表すことを担保する特性であり、完全性、中立性、重要な誤謬が存在しないという3つを補強的特性として、基本的な特性を支えることを想定している。図3はこれらの関係を示したものである。
図3 有用な財務情報の質的特性
(日本公認会計士協会『非営利組織における財務報告の検討~財務報告の基礎概念・モデル会計基準の提案~』附属資料 1 非営利組織における財務報告の基礎概念、10頁)
4 財務諸表の構成要素
財務諸表の構成要素は、財務報告に期待される情報ニーズのうち、継続的活動能力を表す情報(ストック情報)として資産、負債、純資産、組織活動を表す情報(フロー情報)として収益、費用により構成されることとした。構成要素としては、他にも収入と支出、資本があるが構成要素としていない。その理由は、収入と支出は、財務報告目的から構成要素として導かれないためである。報告書では収入・支出で構成されるキャッシュ・フロー計算書を継続的活動能力という情報ニーズに対応する観点から、キャッシュ・フローの状況を表す書類と位置付けている。
また、資本は、贈与資本という概念が非営利組織でも認められるという考え方から資本も構成要素に含まれるのではないかという見解もあるが、贈与された資源のほとんどが費消されるものであり、資本として蓄積することを前提とせず、かつ、資本とした場合に、贈与された資源と活動により稼得した資源の蓄積との区分が難しいため構成要素には含めていない。
5 財務諸表の体系
財務諸表として資産、負債、純資産の状態を表す貸借対照表と、収益及び費用とその差額によって計算される純資産増減を表す活動計算書を定義している。非営利組織の特徴として一般に資本の拠出を伴う資本的取引が想定されないため、原則として純資産を増減させる全ての活動は、活動計算書を通じて貸借対照表に反映されることとなる。なお、純資産の内、基盤純資産の増減は、活動状況に関する情報ニーズに対応した活動計算書の目的に鑑み、活動計算書には含めず、注記情報で増減情報を補完している。
また、資金フロー情報は、収支計算書とキャッシュ・フロー計算書のどちらを財務諸表に位置付けるか、繰り返し検討され、その結果、外部報告目的という点を重要視し、資金の範囲の統一、他の財務諸表との連携を考えて、キャッシュ・フロー計算書を財務諸表としている。
6 財務諸表における認識と測定
ASBJの討議資料での認識要件から非営利組織の活動の特性を踏まえた要件を導いている。前者では認識要件として①基礎となる契約の原則として少なくとも一方の履行が契機となり、②一定程度の発生の可能性(蓋然性)があることが求められ、財務諸表の構成要素に関わる将来事象が、一定水準以上の確からしさで生じると見積もられること3)の2つをあげている。非営利組織においては、特徴的な取引である寄附を受ける場合のような片務取引が双務取引と同様に重要な経済活動である。このような活動特性を踏まえた要件として、取引又は事象の発生によって財務諸表の構成要素の定義を満たした時に認識することとした。すなわち、非営利組織においては、財務報告の目的を満たすことを前提としつつ、以下の要件の両方を満たす場合に認識することとした。
【認識要件】
① 特定の取引又は事象が発生し、それによって財務諸表の構成要素の定義を満たすこと。
② 一定程度の発生の可能性(蓋然性)があり、信頼性をもって貨幣額によって測定できること。
次に測定については、画一的に測定基礎を取り扱うのではなく、構成要素の測定基礎をいくつか掲げて、多様性の観点も踏まえ、状況に応じて測定基礎を選択する方法を原則とする考えとした。
Ⅶ モデル会計基準について
モデル会計基準は、財務報告の基礎概念を受けて、非営利組織における財務諸表を作成するための基本的な要求事項を基準形式でまとめた。モデル会計基準の策定に当たっては、我が国の非営利組織の各制度、その下に運用される各会計基準、実務上の取扱いを踏まえつつ、非営利組織における財務報告の目的を達成することと、個々の非営利組織における実務上の利用可能性のバランスを取りながら、会計上の個別論点ごとに取扱いを整理したものである。モデル会計基準は、「Ⅰ 総論」、「Ⅱ 財務諸表の体系」、「Ⅲ 認識及び測定並びに関連する開示」、「Ⅳ 注記及び様式」で構成されている。
1 総論
本モデル会計基準の位置付けとして第1に、モデル会計基準に記載のない事項については、基礎概念、モデル会計基準に記載されている関連する項目を考慮して、財務報告の目的を達成できるように非営利組織の自ら置かれている状況に照らして必要な会計処理を適切に行うこととしている。
第2に、「継続組織の前提」の記載である。継続組織の前提は、一般に公正妥当と認められる会計の基準においては、全ての会計処理の前提となるもので、記載がなくても当然の前提としてきたが、モデル会計基準では、この取扱いを明示した。我が国の企業会計の基準にも明示されていないため、大きな特徴の1つである。
2 貸借対照表の表示区分
貸借対照表の1つ目の特徴は、資産の表示方法である。特定の資産について使途の制限が課せられている場合、当該資産について貸借対照表上で区分表示すべきか検討し、その結果、本表上で使途制約に応じた区分表示を求めると、流動固定分類、資産形態別区分、拘束性区分が行われることから表示の複雑性が一層増し、理解可能性の観点から、望ましくないと考え、複雑性の問題の解決と資産の流動性に基づく一貫した開示を重視し、注記での表示を採用することとした。拘束性のある資産を注記することとなるが、対象範囲は、土地・建物等の重要な資産に関するもの及び金融資産全般となった。なお、このような流動性開示と拘束資産の重要なものを開示する方法を採用する前提として、純資産の拘束区分と拘束の対象となる資産は紐づけない考えとしている。
2つ目の特徴は、純資産の表示である。拘束純資産と非拘束純資産の2区分とするか、永久拘束純資産、一時拘束純資産、非拘束純資産の3区分とするかについて検討し、3区分を採用した。ただし、検討過程で永久拘束と一時拘束の境界が曖昧といった理由から2区分とすることも含めて、慎重に議論を重ね、組織基盤として継続して保持することが求められる純資産を明らかにすべきとの認識に基づき、基盤純資産という純資産区分を設けることとした。この趣旨は、学校法人や社会福祉法人における基本金制度の目的と整合性を図る意図である。基盤純資産は、当初の永久拘束純資産を代替するものであり、この変更により、使途拘束が永久かどうかという期間的見通しに基づき純資産区分を決定するという曖昧性を排除するものとなった。これに伴い、一時拘束純資産を使途拘束純資産に変更することとした。使途拘束純資産は、資源提供者との合意又は組織の機関決定等により特定の資源が使途の拘束を受ける場合に計上される。純資産の3区分は非営利組織の特徴であるため本表に区分表示することとした。なお、基盤純資産、使途拘束純資産について残高がない場合には、省略することができる。
3 活動計算書の表示区分
活動計算書の1つ目の特徴は、活動別の表示を採用したことにある。経常的な活動により発生する収益、費用を表示する経常活動区分、その他の活動により発生する収益、費用を表示するその他の活動区分、これらの活動以外で純資産の変動が発生する純資産区分間の振替の3区分で表示する。活動区分表示については、我が国では実績があり、読みやすさの点で多くの利点があるため採用した。
2つ目の特徴として拘束区分別の表示である。拘束区分別に資源流入が表示されるため、流入資源について使途制約の状況が把握できること、拘束区分の変更勘定を別途設けることで内部振替であることが明確となること(収益の二重計上との誤解を回避)を理由としている。ここで、拘束区分別として活動計算書に表示される区分は、使途拘束区分と非拘束区分の2区分である。基盤純資産の繰入額及び取崩額については、注記により補完することとした。
3つ目の特徴として費用科目の表示で、形態別分類による方法と活動別分類による方法のうち、我が国の非営利組織の現行制度上の取扱いや実務上の取扱いでは、形態別分類の表示が多く見られるが、個別の詳細な費目の開示による複雑性を解消し、情報利用者の理解容易性を重視して活動別分類による表示方法を採用した。組織に提供された資源が指定した事業に投入されていることを明らかにできるため外部報告目的に合致するものである。ただし、現行の実務の取扱いから形態別分類による表示も有用であり、形態別分類の情報は、組織運営状況の理解に資すため、注記事項とした。
4 キャッシュ・フロー計算書の表示方法
キャッシュ・フロー計算書は、直接法のみを採用することで非営利組織の特徴を示すとともに、簡便法(調整勘定を用いる方法)も規定することで、実務上、慣習として利用し続けている収支計算書から、キャッシュ・フロー計算書へ移行することを推奨している。なお、間接法は採用していない。理由は、非営利組織は、そもそも利益の稼得を目的としていない組織であるため、利益を作成表示の出発点とする間接法はなじまないためである。
5 交換・非交換取引の収益認識
交換取引収益は、約束した財又はサービスの顧客への移転を当該財又はサービスと交換に非営利組織が権利を得ると見込む対価の額で描写するように収益を認識することを原則とする。ここで経済的資源に対する権利は、非営利組織が契約上の義務を履行することによって非営利組織に生じる。また非交換取引収益は、原則として非営利組織は資源提供者への財又はサービスの提供といった契約上の義務なしに、経済的便益に対する権利を受領するため、非交換取引における経済的便益に対する権利は、非営利組織と資源提供者との間で合意された移転日に移転することとした。
収益の認識は、これまで特に法人形態別会計基準での規定はなく、各法人が個別に対応していたこともあり、比較もできず、情報としての有用性が低い状況であったが、モデル会計基準の適用により共通の物差しができると考えられる。また、非交換取引収益には、無償又は低廉な価格での人的サービス、使用貸借(土地等の無償利用)等があるが、これらは、測定可能性の点において問題があることから、収益の認識はせずに、注記による開示対象とした。
6 固定資産の減損
非営利組織における資産は、歴史的原価で測定することが良いと考えているが、資産価値が著しく下落し、かつ、その価値の回復が困難と認められる場合には、帳簿価額を、当該資産の価値に見合った適切な価額に切り下げる減損会計を適用して再測定を行う。資産の投下資金回収可能性又はサービス提供能力に比して過大な帳簿価額を切り下げ、その後の活動コストを正確に表示することは、活動状況に関する情報利用者の理解に資することにつながる。
非営利組織の特徴を反映して、資産を資金生成資産と非資金生成資産に分けて減損会計を適用する。減損損失を認識するかどうかの判定は、全ての資産又は資産グループに実施することは実務上過大な負担となることから、減損の兆候のある場合のみ、減損損失を認識するか否かの判定を行うこととした。資産の区分は、将来の事業収益等による投資回収を前提とする資金生成資産と投資回収を前提としない非資金生成資産に分ける。
非営利組織の主な収入源は、会費、寄附金、補助金、事業収益であり、これらは個別の事業に直接結びつく収益と結びつかない収益がある。資金生成資産については、当該資産の帰属する事業において、独立採算が予定され、場合によっては超過収益も期待され得る。一方、非資金生成資産は、独立採算が予定されず、当該事業において発生する損失は、組織内の収益財源によって補塡される。保有する財産をどちらの区分とするかは、理事者の判断であり、その内容は注記事項とした。理事者の法人運営に対する方針を反映した結果となり、情報利用者には有意義な情報となる。資金生成資産と非資金生成資産のそれぞれについて、次のア、イ、ウの3ステップで、減損会計を適用する。
ア 減損の兆候の有無を判断する。
イ 減損の兆候がある場合には、減損の存在が相当程度確実とみられるか否かで減損の認識をするかどうかを判断する。
ウ 減損損失を認識すべきであると判定された資産又は資産グループについて減損額の測定を行う。
なお、非資金生成資産の減損ステップが、非営利組織の特徴を示しており、ステップのイにおいて、サービス提供能力をもって判断するが、サービス提供が継続する場合には、減損損失は認識しないこととなる。サービス提供の継続可能性については、財務的な面を含めて検討し、その結果は、事業計画に反映され、当該事業計画は、理事会等の組織の意思決定機関での決定が行われることを想定している。
Ⅷ 現状課題の認識と法人形態別会計基準への影響
法人形態別に財務諸表の様式、特有の科目が情報の複雑化を招いていることから、モデル会計基準では、財務諸表の様式をシンプルで汎用性の高いものとした。また、具体的な基準、規定がないため、法人間で異なる実務が行われていた会計処理、例えば、収益認識について一貫した会計処理を示した。さらに経営リスク管理能力を高めるため、経営判断が重要な影響を与える評価方法、例えば、有価証券の評価や固定資産の減損であるが、会計処理を明確化して組織持続性の評価を可能とする仕組みを提案した。
Ⅸ 非営利組織における基礎概念・非営利組織モデル会計基準の今後の方向性
モデル会計基準は、財務報告の基礎概念の考え方を反映しつつ、非営利組織に該当する法人形態別会計基準等における取扱いとの整合性に配慮した。非営利セクターに共通する基準を構築する上で、財務報告の基礎概念と実務上の適用とのバランスをどのように取るかが大きな課題と捉えている。
現行の各制度における法人形態別会計基準は、主として行政管理を目的としているが、今回のモデル会計基準では、一般目的の財務報告を作成することを目的として、各非営利組織が持つ特徴的な事項を含めている。制度によっては、モデル会計基準による財務諸表のみでは、必要な情報が足りずに別表等での対応が必要となる場合もあることから両者の調整が今後の課題となる。
財務諸表によって得られる情報は、一般目的の財務報告に資するものであり、広く情報利用者が共通的な情報として利用するものになることから、非営利組織が現行の制度上、継続するために必要な情報として不足するところは、追加して提供することになる。ただし、これらの情報は、財務諸表の作成により、必要な数値は揃うもので、目的別の情報作成が明確になる点でのメリットは、情報利用者の範囲を広げ、結果として、非営利組織の自立性を高めることとなると考えられる。
[注]
1)日本公認会計士協会「非営利組織における財務報告の検討に関する報告~財務報告の基礎概念・モデル会計基準の提案~」、2019年。
2)企業会計基準委員会(ASBJ)討議資料「財務会計の概念フレームワーク」、2006年。
3)前掲1)18頁。
(論稿提出:令和元年12月13日)
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