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キーワード:
収支相償 財務三基準 システム論 公益の増進 自律 逸脱 正の規制的クリープ現象
要 旨:
公益法人の収支相償規制については、繰り返し「緩和」したとのメッセージが内閣府から発せられているにも関わらず、逆に法令の変更を伴わないで規制が強化される「正の規制的クリープ現象」が進展していると考えられる。本稿は、なぜこのような混迷が生じるのか、パーソンズのシステム論を用いて明らかにする。システム論に準拠して捉えると、財務三基準は各基準が同型化され相互に緊密に結びついて一体化しており、一定の秩序を有するシステムとして成り立っていると認識できる。すなわち、財務三基準は公益法人が「公益の増進」という立法趣旨から逸脱したときに数値的警告を示すことで、本来の立法趣旨に適う状態に戻るよう自律を促す働きをしていると認識できる。それにも関わらず、そのような働きを看過して収支相償単独で緩和策を取ろうとすることで混迷を生じさせていると、システム論の観点からは結論付けることができる。
構 成:
Ⅰ はじめに:問題の所在
Ⅱ パーソンズのシステム論
Ⅲ 財務三基準のシステム論的な解釈
Ⅳ システムとしての財務三基準
Ⅴ もたらされている混迷
Ⅵ おわりに:結論と残された課題
Abstract
Although the cabinet office publishes the message of the deregulation of the “RENEC” which isone of the three financial regulations of public interest corporations (PICs), the real regulation isstrengthened without changing the law. The paper makes the reason clear to use systems theoryby Talcott Parsons. According to the systems theory by Parsons, three financial regulations canbe understood as inner system that has order, because each regulation has linked closely eachother. If a PIC shows the deviance from legislative purpose of the promotion of the public interestactivities, the system can alert the PIC numerically and the PIC can move to the legislativepurpose. The paper can conclude, theoretically, that picking only RENEC up from threeregulations leads PICs to misunderstand regulations.
※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。
Ⅰ はじめに:問題の所在
公益法人の認定基準の1 つである収支相償の基準に関して、ガイドライン策定時における内閣府公益認定等委員会(以下、「委員会」という。)では大きな反対論はほとんど出なかった(内閣府公益認定等委員会[2007a][2007b][2008a][2008b][2008c][2008d])。それにも関わらず、年を追うごとに、収支相償の基準に対する批判の声が大きくなっている。しかも、そのような批判の声に対処しようと規制緩和を大きく表明しつつも、重要概念であった「短期調整金」の記載を突如何の説明もせずに削除し、かえって規制を強化する「意図せざる結果」をもたらしていると認識できる。かつて出口は、このような法令変更を伴わず徐々に規制の度合いが増える現象を「正の規制的クリープ現象」という用語を当てて詳細に検討した(出口[2016][2018])1 )。
では、なぜこのような奇妙な事態が生じているのだろうか。本稿はその答をシステム論によって解明しようとするものである。そもそも収支相償の基準は公益法人の認定基準の1 つとして認定制度を構成する重要な一要素になるので、認定制度そのものの立法趣旨と切り離して解釈するわけにはいかない。ところが、批判の声もそれに応じた弥びほうさく縫策も、収支相償の基準を認定制度の趣旨と関連付けずに個別に取り出して解釈してしまい、誤解しているのではないかと考えられる。つまり「木を見て森を見ず」という事態に陥っているように思われる。
もっとも、収支相償の基準と認定制度の趣旨とを具体的にどのように関連付けて解釈できるのかを明快に示さないと、そのような誤解の増殖を抑制するのは困難であろう。そこで本稿では、システム論という「木も森も」同時に認識することを可能にする方法を用いて、収支相償の基準が認定制度全体の趣旨とどのように関連付けられるのかを理論的に示し、もって収支相償の基準がどのように解釈できるのかを示す。すなわち、収支相償の基準という認定制度を構成する一要素を、他の構成要素(①収支相償の基準とともに「財務三基準」と呼ばれる②公益目的事業比率の基準や③遊休財産額の保有の基準)から切り離して孤立させ断片化するのではなく、同じ構成要素として相互にどのように関連しているのか明らかにしながら、収支相償の基準が他の基準とともに認定制度全体の趣旨とどのように関連しているのか明らかにする。
Ⅱ パーソンズのシステム論
システム論については複数の流派があるが、本稿が準拠するのは社会学の第一人者タルコット・パーソンズのシステム論である。パーソンズのシステム論であれば、「規範」(たとえば財務三基準や認定制度)についてだけでなく「規範からの逸脱」(たとえば正の規制的クリープ現象)まで射程に入れて、同じ枠組で分析できるからである2 )。
その主たる特徴は、研究対象Aについて理解を深めるために についても射程に入れる点にある。つまり、対象Aをそれ以外の から切り離して断片化するのではなく、双方がどのような関係にあるのか把握した上で、対象Aを理解しようとする方法になる。 したがって、対象A(たとえば財務三基準)を「部分集合」とすると、Aだけでなく (たとえば他の基準)も包含する「全体集合」(たとえば認定制度)との関係の中でAを認識できるようになる。しかも、Aの外部にある全体集合との関係を認識すると、Aの内部構造(たとえば財務三基準の内部構造)について見通しがよくなると考えるのも、パーソンズのシステム論の特徴になる。つまり、研究対象の外部も内部もバランスよく視野に入れ、さらには外部と内部を分断せず相互に関連付けて把握する認識方法となる。何であれ分断せずに関連付けて把握しようとすると、すべてがてんでバラバラでランダムだと臆断してしまわず何らかの規則性を限られた範囲であっても見出す可能性が開かれ、一定の秩序を有すシステムとして認識できるようになると考えるのである(パーソンズ[1992]234、311-313頁)。
では、そのようなパーソンズのシステム論に準拠すると、財務三基準についてどのような認識が可能になるのか。
Ⅲ 財務三基準のシステム論的な解釈
1 システムと上位システム
財務三基準とは、公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律(平成18年法律第49号。以下、「認定法」という。)に定められた3 つの公益認定の基準のことを指す。これらの三基準は、ランダムに抽出されたものではなく、他にもいくつかある公益認定の基準から「財務」という指標によって区分できる有意味なまとまり(部分集合)になる。そして、これから詳述するとおり、三基準は緊密に結びついて一体化しており、一定の秩序を有すシステムを構成していると認識できる。
また、財務三基準というシステムを包含する上位システム(全体集合)は公益法人の認定制度になると把握できる。認定制度は、多数の条文が整然と配列されて成り立っているので、ランダムな集まりではなく、一定の秩序を有しシステムを構成していると認識できる。この点に関しては容易に理解できるだろう。
2 上位システムとしての認定制度
公益法人の認定制度そのものの立法趣旨は、財務三基準とは区別される規範として、認定法の第1 条に定められている。同条によれば、「公益法人を認定する制度を設けるとともに、公益法人による当該事業の適正な実施を確保するための措置等を定め」るのは、「公益の増進」と「活力ある社会の実現」を目的としているからだと規定されている。つまり、「墓守」といった公益法人のかつてのイメージとは対照的に、社会貢献のために活発に活動する「活動主義」の志向を公益法人に求めるのが現行の認定制度であると解釈できる(パーソンズ[1992]481-483頁、久保[2020]161-162頁)。
認定法 第1 条
この法律は、内外の社会経済情勢の変化に伴い、民間の団体が自発的に行う公益を目的とする事業の実施が公益の増進のために重要となっていることにかんがみ、当該事業を適正に実施し得る公益法人を認定する制度を設けるとともに、公益法人による当該事業の適正な実施を確保するための措置等を定め、もって公益の増進及び活力ある社会の実現に資することを目的とする。
3 さらに上位のシステムである組織一般に関する制度
加えて、認定制度を包含する上位システムとして、公益法人であろうとなかろうと、およそ組織であれば従う制度があると考えられる。たとえば、さまざまな文法の規範から成り立つ言語という制度は、公益法人であろうがなかろうが、さらには組織であろうがなかろうが、その社会のメンバーである限りは誰もが従う制度になる(パーソンズ[1992]223-224、230頁)。そのような制度が、組織一般に関しても存在すると、パーソンズのシステム論は考える(図表1 )。
というのも、たまたま繁華街に居合わせた群衆とは違って、組織は何らかの組織目標を達成するために組織化されているので、α「組織目標の達成に必要なリソースをどのように動員するのか」について定めた規範や、β「組織目標を達成するためにどこまでの範囲でコミットメントを求めるのか」について定めた規範などが、設けられるはずだからである。逆に、そうでない場合は組織化の程度が不十分で、いまだ任意の人々の集まりといったような状態にとどまるのだと理解できる(Parsons [1960]pp.17-22)。そして、パーソンズのシステム論に準拠して、αやβのような規範がどのように定められているのかといった観点から考察を加えると、財務三基準の内部構造について見通しがよくなり、財務三基準が一定の規則性をもって同型的に成り立っていると理解できるようになる。
図表1 財務三基準を包含する上位システム
4 財務三基準のうち公益目的事業比率について
まずは、比較的分かりやすい公益目的事業比率について取り上げる。認定法の第15条で明示されているように、公益目的事業とそれ以外のものとに区分して、前者の公益目的事業、つまり公益法人が本来取り組むべき事業にかける費用が50%以上であることを要求する基準になる。
認定法 第15条
公益法人は、毎事業年度における公益目的事業比率(第1 号に掲げる額の同号から第3 号までに掲げる額の合計額に対する割合をいう。)が100分の50以上となるように公益目的事業を行わなければならない。
一 公益目的事業の実施に係る費用の額として内閣府令で定めるところにより算定される額
二 収益事業等の実施に係る費用の額として内閣府令で定めるところにより算定される額
三 当該公益法人の運営に必要な経常的経費の額として内閣府令で定めるところにより算定される額
この基準は、他の2 つの基準とともに、上位システムである公益法人の認定制度に包含されているので、認定制度そのものの趣旨と関係付けて把握すると、次のような含意があると解釈できる。すなわち、認定制度の趣旨である「公益の増進」に貢献するという組織目標を達成するために、α「必要なリソース」に関しては公益目的事業に支出する費用を、β「コミットメントの範囲」に関しては50%以上という比率を設定している。仮にその基準に抵触したら、それはリソースの配分のバランスが悪く公益活動がおろそかになっていて本来のあり方から逸脱した、問題のある状態に陥っていると判断できる。
そのような場合、公益法人であり続けようとするなら、財務上のバランスをよくするために公益目的事業に組織のリソースをもっと配分すればよい。したがって、この基準は、問題のある公益法人に対して、「公益の増進」にもっと貢献するように自らを律してリソースの配分のバランスを修正するよう促す警告サインを出す働きをすると理解できる。
5 財務三基準のうち遊休財産額の保有について
遊休財産額の保有については、認定法の第16条に規定がある。この基準は要するに、遊休財産の額が公益目的事業にかける費用の1 年分を超えないように制限をかけたものとなる。
認定法 第16条
公益法人の毎事業年度の末日における遊休財産額は、公益法人が当該事業年度に行った公益目的事業と同一の内容及び規模の公益目的事業を翌事業年度においても引き続き行うために必要な額として、当該事業年度における公益目的事業の実施に要した費用の額(その保有する資産の状況及び事業活動の態様に応じ当該費用の額に準ずるものとして内閣府令で定めるものの額を含む。)を基礎として内閣府令で定めるところにより算定した額を超えてはならない。
2 前項に規定する「遊休財産額」とは、公益法人による財産の使用若しくは管理の状況又は当該財産の性質にかんがみ、公益目的事業又は公益目的事業を行うために必要な収益事業等その他の業務若しくは活動のために現に使用されておらず、かつ、引き続きこれらのために使用されることが見込まれない財産として内閣府令で定めるものの価額の合計額をいう。
仮にその制限を超過することになったら、それは遊休財産として法人内部に余分な資産を溜め込み過ぎていて、公益活動に配分するリソースが不十分でバランスが良くない問題のある状態に陥っているのだと判断できる。そのような場合、もっと公益目的事業にリソースをさけばバランスがよくなるので、この基準もまた、問題のある公益法人に対して、「公益の増進」にもっと貢献するように自らを律し、財務上のバランスを回復するように促す警告サインのような働きをするのだと理解できる。すなわち、公益法人として確かに「公益の増進」に貢献するという、認定制度が求める組織目標の達成を後押している、と考えられる。
したがって、本基準は認定制度の制度趣旨である「公益の増進」に貢献するという組織目標を達成するために、α「必要なリソース」に関しては公益目的事業に支出する費用を、β「コミットメントの範囲」に関しては遊休財産として免除される許容範囲を設定していると理解できる。
そうとするなら、本基準は必ずしも「余裕資金をもつな」といっているわけではないと理解できる。なぜなら、「公益の増進」に繋がる公益目的事業にもっと費用をかけるよう求めているだけで、公益目的事業に費用をかけてさえいれば、その分だけ余裕資金となるような遊休財産はあってもよいからである。だから、少しでも余裕資金を減らそうとして無駄使いをする必要はないと考えられる。
6 財務三基準のうち収支相償について
最後にいよいよ収支相償の基準である。収支相償については、下掲のような悪評が寄せられている。
悪評の例(表記は原文のまま引用)
・「この基準は学協会の法人運営の安定性、継続性を確保する上で支障をきたしている。」(池田[2019]65頁)
・「現実には収支相償と、適切な内部留保の蓄積とを両立することは非常に困難であり、多くの公益法人において実務的な問題を生じさせている。」(馬場[2017]10頁)
・「本会のように収益事業がない公益社団法人では、(認定法第14条)をそのまま遵守すれば、法人会計で公益事業の赤字を埋める利益を出すか、新規に収益事業を運営して利益を得るかしない限り、正味財産が僅少となり、いずれは破産する。」(佐藤[2015]497頁)
・「このような形でしか収支相償要件を考えられなかった立案担当者の能力を疑います。もっと知恵を出せと言いたかったです。私たちのような一般人や一般法人が制度の全体像を知り、問題点を認識できないうちに現行制度が出来て運用が始まってしまったのはとても残念です。」(匿名者[2015])
・「経営努力が仇になる問題、血の滲み出るような努力を重ね赤字を出さないことが、およそ経営にあたるものの責務であるが、首尾よく黒字が出れば咎められるという世間の常識と反対の現象」(太田[2014])
・ 「法人が生存していくためには、それ相応の利益が事業収入に伴ってなければ、生存力を維持できないことはいうまでもないこと」(鈴木[2018])
その収支相償について、認定法は第14条で次のように規定している。
認定法 第14条
公益法人は、その公益目的事業を行うに当たり、当該公益目的事業の実施に要する適正な費用を償う額を超える収入を得てはならない。
この条文の「当該公益目的事業の実施に要する適正な費用を償う額を超える収入を得てはならない」という文言について、上掲の悪評は「費用を超える収入を得てはならない」から「費用に合わせた収入にしなければならない」、つまり「黒字はとがめられるので収支をトントンにしなければならない」といった意味で解釈していると推測される。
確かにそうした意味が読み取れるといえるのかもしれない。しかし、そのような解釈は、第14条だけを孤立させて断片化し、この条文を包含する上位システム、つまり認定制度そのものとの関係を射程に入れていないと考えられる。その結果、収支をトントンにするという収支の帳尻合わせが目的となってしまい、黒字が出ないようにわざわざ「収入を節減する」といった消極的対処を導くおそれが出てくる。もちろん、そうした消極的対処は法人の活動を抑制していることになるので、「活動主義」を志向する認定制度の趣旨に逆行し本末転倒になる。
しかし、システム論的に上位システムである認定制度の趣旨と関連付けて解釈すると、収入を節減するのではなく収入の分だけもっと費用をかけて公益目的事業を実施し、「公益の増進」に貢献することが公益法人に求められる姿勢だと理解できる。実際、ガイドラインでは、収入に見合った費用を支出していない場合に収入を節減せずに済む特定費用準備資金という「調整項目」(内閣府公益認定等委員会[2007b])が用意されている。さらに、資産取得資金などの控除対象財産であることを示す「ラベル」を貼ると収支相償上の「適正な費用」と同等の取り扱いとして認められるように配慮されており、収支相償は満たされる設計がなされている3 )。しかも、この両資金については、1 回は理由の如何を問わずに変更を認めており、また、正当な理由がある場合には何度変更することも可能であり、私有財産たる法人の財産を公益目的事業に使おうとする場合の柔軟性や法人の裁量を非常に大きく認めた制度になっている4 )。また、ラベルは財産目録にすべて示されるように制度が設計されている。
こうした設計時どおりの解釈であれば、本基準は、公益目的事業を実施する余地がまだ残されているのでもっと積極的に活動するよう、公益法人の積極的対処を導くために設けられていると理解できる。すなわち、収入が超過している場合は、その分だけ将来の公益目的事業の費用に回せるように資金にラベルを貼っておくことで、法人の内外に制度趣旨にかなっていることを宣言させるのである。
このように、公益活動が不十分でリソースの配分のバランスが悪く問題のある状態に陥ったら、もっと公益目的事業にリソースをさくようにすればバランスは回復する。だから、収支相償の基準もまた、「公益の増進」にもっと貢献するように自らを律して公益法人としてあるべきバランスを回復するように促す警告サインの働きをするのだと考えられる。したがって、公益法人としての組織目標を達成するために、α「必要なリソース」に関しては公益目的事業に支出する「適正な費用」を、β「コミットメントの範囲」に関しては収入分を設定していると理解できる。
このような理解は、他の2 つの基準に関する理解とも極めて整合的である。また、公益法人という存在をそもそも生みだしている認定制度の趣旨にも適っている。さらに、他の2 つの基準と同様に、公益法人という組織の目標を達成するために当然必要となるαやβといった規範を確かに定めていると認識できる。
7 小括
上述のとおり、財務三基準はいずれも、財務の中でとりわけ公益目的事業に支出する費用に着目して、公益法人という組織が組織目標である公益増進への貢献に必要なリソースを問題なく配分しているかどうか、つまり公益法人としてふさわしいかどうかを判別する働きを備えている。このように、上位システムと関連付けて把握すると、財務三基準が規則性をもって同型化されており、一定の秩序を有していると認識できるようになる。
Ⅳ システムとしての財務三基準
しかも、財務三基準を構成する各基準=各要素は相互に緊密に結びついて連動する関係にあり、他の要素などからは明確に区分される(つまり外部との境界が設定できる)安定的なまとまりとして構成されている。したがって、財務三基準は単に財務という観点からまとめられただけの相互に何の関係もない断片化された要素の集合などではなく、同型化されているうえに相互に結びついて一体化しており、一定の秩序を有すシステムとして成り立っていると認識できる。 実際、第3 回内閣府公益認定等委員会での公表資料は、財務三基準と公益目的取得財産残額の関係を相互依存的=システム論的に図示している(図表2 )。いい換えれば、これらの要素は互いに切り離して別個の断片としては議論できない一体化されたものとして図示されている。
さらに、特定費用準備資金に着目すれば、財務三基準が一体化していて相互に連動するシステムとなっていることがよく分かる。特定費用準備資金(や資産取得資金)は上述のとおり、いずれ公益目的事業に係る費用として支出することを示し、収支相償の基準について定めた認定法第14条の「適正な費用」に算入される。しかも、公益目的事業に係る費用として計上されるわけであるから、公益目的事業比率の基準を満たすことにも繋がる。さらに、控除対象財産として遊休財産の額からも控除されるので、遊休財産額の保有の基準を満たすことにも繋がる(認定法第16条第2 項参照)。
V もたらされている混迷
それにも関わらず、内閣府公益認定等委員会の「公益法人の会計に関する研究会」(以下、「会計研究会」という。)では、財務三基準が緊密に結びついて一体化したシステムであることや上位システムである認定制度の趣旨とどのように整合的に関連付けられるのかを十分に顧慮したかどうかを説明しないまま、議論の結果だけを公表している5 )。その結果、財務三基準が一定の秩序を有するシステムとして成り立っているにも関わらず、その秩序を無視した弥縫策(びほうさく)を無秩序に講じ、規制緩和のつもりで実際には規制強化となるような解釈変更を行う錯乱した対応に陥り、混迷をもたらしている(出口[2016][2018])。具体的に説明しよう。
特定費用準備資金はすでに述べたとおり、もっぱら収支相償の基準にだけ関係するのではなく、相互に連動して一体化している財務三基準のすべてと密接に関係している。しかも、特定費用準備資金への積立ては、公益法人の収支が黒字であろうが赤字であろうが関係なく、公益目的事業に係る「適正な費用」として法人が当然のように計上できるとの想定の下に導入された経緯があり、財務三基準によって構成されているシステムに当然のように含まれる《本来的》な要素だと理解できる。ところが、会計研究会においては、いつの間にか、法人に黒字が出て収支相償の基準を満たさない場合に利用してもよい「剰余金解消策」(いい換えれば《例外的》に許容される「特例措置」)の1 つとして、特定費用準備資金の計上についての説明が繰り返しなされている6 )。つまり、収支相償の基準に対する批判の声を踏まえて譲歩した規制緩和策として位置付けられている。
図表2 第3 回内閣府公益認定等委員会参考資料
しかし、そもそも特定費用準備資金は、黒字・赤字に関係なく公益法人が自らの判断で計上できるものである。したがって、そのような説明は譲歩しているようにみえて、実際には公益法人が特定費用準備資金を利用する方途を著しく狭め、公益法人の手を縛る規制強化の解釈変更すらもたらしている。しかも、黒字を出すことがやはり問題であるかのような印象を増幅させ、収支相償の基準に対する誤解を強化してしまうおそれまである7 )。
他方で、会計研究会では、わざわざ「将来の収支変動に備えて特定費用準備資金を積み立てることができるような緩和策」を導入するための検討がなされている。しかし、そもそも特定費用準備資金や資産取得資金は、前述のとおり、理由の如何を問わずに1 回は変更可能で、「最大限の緩和策」がとられている。いい換えれば、すべての特定費用準備資金および資産取得資金には、「将来の収支変動」に備えることが内蔵されているにも関わらず、専用の緩和策を導入しようとしており、そうでありながら、その新規の緩和策を認める具体的な要件については結論を出さずにもち越しており、公益法人に対して指導的な立場にある公益財団法人公益法人協会に無用な混乱を与えてしまった(内閣府公益認定等委員会・公益法人の会計に関する研究会[2016])8 )。
他にも、上位システムと関連付けずに認識している結果、無用な混乱をもたらしている例がある。たとえば、収支相償の基準がなぜ必要なのかを説明する際に、認定制度の趣旨とは関連付けず、公益目的事業の非課税措置との関係がもち出される場合である9 )。しかし、収支相償に関して税制との関係に配慮する必要があるのは、課税対象となる収益事業による利益が公益目的事業の収入に繰り入れられると課税対象から外れる(みなし寄附額を発生させる)ケースに限られると考えられる(出口[2018] 6 頁)。
そもそも公益法人に税制上の優遇措置が取られているのは、認定された公益目的事業の実施を積極的に促進するためである。また、収支相償の基準をはじめ財務三基準は「公益の増進」に向けて費用をかけて積極的に活動するよう促す働きをするため、収益が個人の所得に最終的に帰属することはない(=課税論拠を失っている)。だから、公益目的事業に非課税措置が取られていると理解できる(出口[2020])。こうした理解は、認定制度が活動主義を志向していることを顧慮すれば、至極当然に導かれるはずである。しかも、公益目的事業非課税とは同事業で仮に剰余金が生じた場合であっても課税しないということを意味する。つまり、剰余金が生じることは当然の前提とされている。したがって、非課税だから剰余金を生じさせてはいけないと説明するのは完全な論理破綻である。
また他にも、「公益の増進」を求める認定制度の趣旨に反するような収支相償基準の解釈を、内閣府自身が加担して拡散しているような例もある。たとえば、「収支相償」かどうかについては、「(中略)原則として各事業年度において収支が均衡することが求められる」と述べ、単年度黒字不可が原則であるかのような見方を強化している(内閣府[2019]34頁])。その結果、黒字をおそれて公益法人がやむなく活動を委縮してしまう事態に拍車をかけているのは無理からぬことだろう。
Ⅵ おわりに:結論と残された課題
パーソンズのシステム論に準拠して捉えると、財務三基準は各基準が同型化され相互に緊密に結びついて一体化したシステムとして成り立っていると認識できる。また、そのようにシステムとして捉えると、財務三基準は公益法人が公益増進への貢献という組織目標に向かって積極的に活動するよう自律を促す働きをしていると認識できる。したがって、収支相償の基準を含む財務三基準は、活動主義を志向して「公益の増進」に積極的に取り組むことを求める認定制度の立法趣旨に沿って設計されていると理解できる。
それにも関わらず、現実の運用ではそうした理解を欠いて、規制緩和のつもりで規制強化をもたらして公益法人の自律を損なったり、公益法人の不安を増幅して公益活動の萎縮を招いたりするなど、混迷をもたらしている。つまり、「公益の増進」に向けて自律を促す認定制度の趣旨から逸脱する事態を規制者側(内閣府やその他の行政庁)が招いている。
その結果、被規制者側である公益法人は、システム論に準拠すると4 つのパターン(「強迫的黙従」「撤退」「反抗」「強迫的遂行」)に分類できる逸脱へと動機付けられてしまっていると推論できる(図表3 )10)。具体的には、「強迫的黙従」のパターンであれば黒字をおそれての意図的な活動自粛、「撤退」のパターンであれば公益法人認定の返上や申請諦観、「反抗」のパターンであれば不平不満から規制者を欺く虚偽不正行為、「強迫的遂行」のパターンであれば無理をしてでも剰余金を費消しようとする年度末無駄使い、がそれぞれ該当するように思われる。この点については、今後さらに研究を進め実証できたらと考えている。
図表3 逸脱の4 パターン
[謝辞]
本研究はJSPS科研費挑戦的研究(開拓)20K20280の助成を受けたものである。
[注]
1)本稿は出口[2016][2018]において展開した公益法人のいわゆる「収支相償」についての議論をさらに発展させたものである。出口[2016]においては、法改正が行われていないにも関わらず徐々に規制の度合いを変化させる現象が生じていることを指摘して、それをクリープ(creep)現象と名付けた。とりわけ、規制が強化される場合を「正の規制的クリープ」と称して、収支相償については正の規制的クリープ現象が生じていることを明らかにした。また、出口[2018]では、収支相償が正の規制的クリープ現象に陥っていると示したうえで、その要因を収支相償と他の財務基準とのむすびつきを看過した見解が流通していることに求めた。このような一連の研究成果を踏まえ、本稿は新たにパーソンズのシステム論を援用して収支相償と他の財務基準とのむすびつきを立法趣旨との関係から明確にし、収支相償に関するより適切な認識の普及に寄与することを目的とする。
2)パーソンズは、論理哲学や科学哲学の大家であるA・N・ホワイトヘッドやその影響下にあり科学史や生化学・生理学に疲労研究など諸分野で八面六臂の活躍をしたローレンス・ヘンダーソンの科学方法論に導かれて、科学的に対象をシステムとして認識できるようにするための理論を系統的に発展させた。その基盤となるのが、人間(や法人など)の行為を単に自己利益の追求という側面からだけでなく、規範との関係という側面からも理解できるようにする分析枠組になる。すなわち、経済学から社会学へと転じたパーソンズは、利益追求だけでなく、社会的にある程度は共有されている規範の影響も射程に入れた説明モデルを打ち立てた(Parsons [1937])。また、そのような規範への着目から、規制者と被規制者の関係をコントロールするような制度の働きについても、深い理解をもたらす説明モデルを発展させた(Parsons[ 1951])。
3)資金にラベルを貼るということは、会計に「ファンド会計」を入れ込むことであり、この点は非営利会計や公会計に特徴的なことである(Hay[ 1980]p.5)。
4 )「取り崩さなければならない」場合を規定した認定法の施行規則第18条第4 項の解釈としてガイドラインには次のように記されている。「資金について、止むことを得ざる理由に基づくことなく複数回、計画が変更され、実質的に同一の資金が残存し続けるような場合は、『正当な理由がないのに当該資金の目的である活動を行わない事実があった場合』(同第4 項第3 号)に該当し、資金は取崩しとなる」(ガイドライン7(. 5)③)。したがって、止むを得ない理由ではない場合であっても、一度は計画を変更できるようにしている。
5)この点を指摘したパブリックコメントに対しては「今後の参考」としている(内閣府[2015])。
6)たとえば、会計研究会は「収支相償の剰余金の解消理由としては、当期の公益目的保有財産の取得や特定費用準備資金の積立てがガイドラインに掲げられている」と示し、特定費用準備資金を「収支相償の剰余金」の解消に対する取扱いとして公益目的保有財産の取得と同列に扱っている(内閣府公益認定等委員会・公益法人の会計に関する研究会[2015]15頁)。しかし、ガイドラインでは、特定費用準備資金の積立ては「適正な費用」の中に組み込まれており、そもそも「解消」の対象としての例外的な取扱いにはなっていない。
7)たとえば、内閣府は「特定費用準備資金」について定めた認定法の施行規則第18条第3 項を厳しく解釈するようになり、同項第4 号の「積立限度額が合理的に算定されていること」の「合理的」についても基準を示すことなく判断している。具体的には、「特定費用準備資金については、 将来の特定の活動の実施のために特別に支出する費用に係る支出に充てるために保有する資金であり、その積立てのためには対象となる活動の内容及び時期が具体的に見込まれ、積立限度額が合理的に算定されることが求められている。つまり、公益法人が予期せぬ寄附金を得た場合といった予定外の収入があった場合においても、 当該収入を計画的に公益目的事業に費消することが望ましく、特定費用準備資金はまさにこのような目的を達成するための制度である」(内閣府[2019]38頁)と、ガイドラインにはない「特別に支出する費用」や「計画的に公益目的事業に費消する」といった表記がなされているように、特定費用準備資金の範囲に関して「特別」であったり「計画的」であったりと限定を付加し範囲を非常に狭めている。まさに特定費用準備資金の計上は《例外的》に許容されるに過ぎないという見方を強化しているといえるだろう。
8)公益財団法人公益法人協会は会計研究会の報告書が公表された後に、設けられたFAQに従って2 回の理事会を経て全会一致でまた監事からも異論が出ない状況で「財政基盤安定化基金」を特定費用準備資金として積み立てたが、内閣府の指導で積み立てを断念した(公益法人協会[2015a][2015b][2017])。
9)たとえば、「公益目的事業から生じた所得に対する法人税が非課税とされている点も、収支相償が厳格に求められる大きな理由であると考えられる」(馬場[2017] 5 頁)。内閣府においても「当該規律は、他の公益認定の基準とともに、公益法人に対する税制上の優遇措置の基礎となっている」(内閣府公益認定等委員会[2019]34頁)と、当初指摘のなかった財務三基準と税制の関係を主張するようになってきた。
10)4 つのパターンは、2 つの軸を交差させてできあがる4 象限によって示される。1 つ目は、規制あるいは規制者に対して「同調的か離反的か」という軸である。2 つ目は、その関わり方が「能動的か受動的か」という軸である(Parsons[ 1951]pp.256-260)。
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匿名者[2015]:ブログ「民間公益の増進のための公益法人等・公益認定ウォッチャー」投稿コメント https://blog.canpan.info/deguchi/archive/12#comments(令和2 年12月13日ダウンロード)
(論稿提出:令和2 年12月18日)
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