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  • ≪研究ノート≫国立大学における全学同窓会の運営のあり方― 部局同窓会との調整と同窓生の関心の獲得を中心に ― / 高田英一(九州大学准教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 九州大学准教授 高田英一 キーワード: 同窓会 国立大学 大学経営 公益活動 要 旨: 国立大学の全学同窓会には、2つの課題がある。第1は、部局同窓会との二重構造であ る。全学同窓会は、設立の時点で、部局同窓会を内部に取り込んだが、部局同窓会の独自 性を維持する必要がある。第2は、同窓生の関心の低さである。現在、社会的にボランティ ア活動に対する関心が高い。このため、全学同窓会は、従来の共益志向のサービスでなく、 公益志向のサービスによって、同窓生の関心を確保するよう努めるべきである。このこと は、国立大学に対する社会の理解の獲得と財政基盤の強化につながる。 構 成: I  はじめに II 先行研究の確認 III 研究の枠組み Ⅳ アンケート結果から見る全学同窓会の現状と課題 Ⅴ 課題「部局同窓会との調整」の課題について Ⅵ 課題「卒業生の同窓会への関心の低さ」について Ⅶ 課題「財政的な基盤の乏しさ」について Ⅷ おわりに Abstract There are 2 problems in the alumni association of national universities. The 1st problem is a double structure with department alumni associations. Because the alumni associations put department alumni associations in the interior at the time of establishment. Therefore the alumni associations have to maintain originality of department alumni associations. The 2nd problem is low of the interest of the alumni. We have the great interest to volunteer activities at present. So, the alumni associations should try to secure the interest of the alumni by public interests-oriented service, not conventional public benefit-oriented service. This way enables to strengthen social understanding and financial base to national universities. Ⅰ はじめに 現在、経済・社会状況の激しい変化に対応するために、社会から国立大学に対して厳しい改革が求められている。各国立大学では、この要求に応えるために、教育改革や研究活動の活性化等に努めているものの、他方で、法人化以後の運営費交付金の削減等、その運営環境は厳しさを増している。 このような状況において、各国立大学では、大学外の支援の獲得のため、全学単位の同窓会 (以下、「全学同窓会」)との連携・協力を進めているが、その運営の実態は明らかでない。このため、本研究では、国立大学における全学同窓会の実態と課題を実証的に明らかにするとともに、運営のあり方を検討することを目的とする。 なお、大学の同窓会には、全学同窓会と部局等の単位の同窓会がある。後者は、一般に小規模で活動の方向も様々であるため、現在、大学側から支援者として期待されているのは、主に前者である。このため、本稿では、全学同窓会を調査対象とした。 Ⅱ 先行研究の確認 わが国の大学の同窓会に関する先行研究としては、まず、同窓会全体の動向に関しては、天野(2000)が意義、役割、創生期から現在までの歴史的経緯を分析しているが、法人化以後の状況には「法人化を迫られる国立大学の間にも、全学同窓会を結成しようという動きが広がっている」との指摘に留まっている。また、本間 (2014)は、自らの職務経験を基に、同窓会の組織化のあり方を述べている。 また、個別大学の事例研究では、国立大学については、法人化前に関しては、石(2000)、 秋山(2007)、吉田(1990)、山崎(2000)等がある。法人化以後に関しては、腰越・池田(2006)、朴・瀬口(2009)、中島(2010)、酒井(2014)等がある。 さらに、私立大学については、奥島(1990)、 磯崎(1990)、長島(2000)等多数あり、同窓会の運営に関する貴重な知見が得られる。なお、同窓会自体ではないが、その主要な関心事である寄付金募集に関する先行研究として、仲西他 (2013)もある。 さらに、近年になって、国立大学全体における同窓会の状況に関する研究が実施されている。 高田(2011、2012)は、国公私立大学の同窓会の規約を対象とした調査を実施し、設立動向等を分析している。また、大川他(2012)は、同窓会ではないが、国立大学による「卒業生サー ビス」に関する現状と課題を分析している。 なお、喜多村(1990)、山田(2008)、江原 (2009)、石田他(2011)、鳥居(2013)など米国の同窓会の研究から得られた知見を基にわが国の同窓会のあり方を論ずる研究がある。また、黄(2007)は、社会学的見地から、名門高校の同窓会を対象に社会資本としての作用・結束力を調査・分析している。 以上で見たように、多様な観点からの先行研究があるが、管見の限り、国立大学における全学同窓会の運営の実態と課題を実証的に把握したうえで、その運営のあり方を検討する先行研究はほとんど見当たらなかった。 Ⅲ 研究の枠組み 以上の状況を踏まえ、本研究では、国立大学の同窓会担当理事に対してアンケート調査を実施し、全学同窓会の現状と課題を把握した上で、検討するという手法を取った。全学同窓会は、 「会員の資格を部局等の組織単位に限定しておらず、全学の同窓生等で構成された同窓会」と定義した。 アンケート調査は、全国立大学の同窓会担当理事に対して、平成24年7月から8月の間に実施した。回答は、86国立大学法人中51からあった(回収率59.3%)。 Ⅳ アンケート結果から見る全学同窓会の現状と課題 1 全学同窓会との連携・協力に対する認識 まず、全学同窓会との連携・協力の必要性は、大部分の大学(95.1%)が肯定している(表1)。 以下では、この認識を前提に検討を進める。 2 全学同窓会との連携・協力の課題(表2) 全学同窓会との連携・協力における課題は、 まず、全体では、第1は「卒業生の同窓会への関心の低さ」(60.0%)である。この点は、同窓会の運営における根本的な課題である。第2以下は「卒業生の追跡の困難さ」(52.5%)、「財政的な基盤の乏しさ」(45.0%)、「教職員の同窓会への関心の低さ」(45.0%)、「既存の部局等の同窓会との調整」(37.5%)、「同窓会が部局等のまとまりが強い国立大学の卒業生で構成されていること」(32.5%)等が続く。これらの課題も、他の先行研究でも指摘されており、同窓会の運営に関する共通の課題と思われる。 次に、全学同窓会の設立年を法人化前と法人化以後で分けると、法人化以後設立の全学同窓会では、第1は「財政的な基盤の乏しさ」(65.0%) に変わる。第2以下は「既存の部局等の同窓会との調整」(55.0%)、「同窓会が部局等のまとまりが強い国立大学の卒業生で構成されているこ と」(55.0%)と続き、全体で第1であった「卒業生の同窓会への関心の低さ」(50.0%)は第4、 「卒業生の追跡の困難さ」(40.0%)は第5であっ た。 以上で見た5つの課題のうち、「卒業生の同窓会への関心の低さ」と「教職員の同窓会への関心の低さ」を除いた4つの課題は、順位は異なるが、全体に共通する課題であり、また、今日的な課題でもあると考えられる。このため、 以下では、「卒業生の同窓会への関心の低さ」、 「財政的な基盤の乏しさ」、「既存の部局等の同窓会との調整」、「同窓会が部局等のまとまりが強い国立大学の卒業生で構成されていること」 の4つの課題について、その現状と課題を検討する。 なお、「既存の部局等の同窓会との調整」、 「同窓会が部局等のまとまりが強い国立大学の卒業生で構成されていること」は、「部局同窓会との調整」と位置づけて、まとめて検討することとする。 また、これらの課題は、必ずしも並列的な関係にはない。すなわち、「卒業生の同窓会への関心の低さ」は、「部局同窓会の調整」という課題の結果、また、「財政的な基盤の乏しさ」 は、他の2つの課題の結果として生じている可能性がある。このため、以下では、課題を「部局同窓会との調整」、「卒業生の同窓会への関心 の低さ」、「財政的な基盤の乏しさ」の順で検討する。 表1 全学同窓会との連携・協力の必要性 出所:筆者作成 表2 連携・協力を推進する上での課題 注:設立年不明1(総合大学)、複数回答 出所:筆者作成 Ⅴ 課題「部局同窓会との調整」の課題について 1 アンケート結果から見る全学同窓会の設立の状況 まず、全学同窓会の状況については、アンケート結果から、法人化以後、全学同窓会は、 大きく増加していることが明らかになった。すなわち、法人化前は、単科大学の全学同窓会が大多数であり、総合大学の全学同窓会は少数であった。特に、総合大学は、法人化前は、天野 (2000)が指摘するように、「それぞれにことなる起源と歴史をもつ学校が統合されて発足した新制国立大学の哀しさは、大学全体としての同窓会組織をもちえないところにあった。新制大学としての発足から半世紀余をへた今も、同窓会が、学部単位の壁をこえることができずにいる国立大学が、ほとんどとみてよい」という状況であった。しかし、法人化以後は、この状況が変化し、総合大学における全学同窓会が増加している(表3)。 表3 全学同窓会の設立数(法人化前・法人化以後) 注:設立年不明1(総合大学) 出所:筆者作成 2 全学同窓会の設立の主導 次に、全学同窓会の設立の主導は、同窓生から、国立大学へ変化している(表4)。 全体を見ると、最も多いのは、「大学」主導 727(65.9%)であり、その次に、「同窓生」主導20(48.8 %)、「部局等の同窓会」 主導19 (46.3%)が続く。 ただし、同窓会の設立時点を法人化前と法人 化以後で分けて見ると、法人化前設立の同窓会 では最も多かった「同窓生」主導(85.0%)は、 法人化以後設立の同窓会では大きく減少している(15.0%)。これとは対照的に、「大学」主導は、 法人化前設立の35.0%から、法人化以後設立の 100.0%と大きく増加している。 この点、国立総合大学の全学同窓会の設立経緯に関する山崎(2000)の指摘や、「法人化を迫られる国立大学の間にも、全学同窓会を結成しようという動きが広がっている」という天野(2000)の指摘を踏まえると、法人化という大きな変化に対応するために、国立大学の主導によって全学同窓会の設立が増加した状況が窺える。 表4 全学同窓会の設立の主導 注:設立年不明1(総合大学)、複数回答 出所:筆者作成 3 全学同窓会の会員 また、全学同窓会の会員の資格も、卒業生個人より、部局同窓会等が増加している(表5)。 全体を見ると、「卒業生」(63.4%)が最も多く、 次に多いのが、「部局等の同窓会の会員」(31.7%)、 「部局等の同窓会組織」(31.7%)であった。 ただし、設立時点を法人化前と法人化以後で分けて見ると、法人化以後設立の同窓会では、「卒業生」は、90.0%から40.0%に大きく減少した一方で、「部局等の同窓会の会員」、「部局等の同窓会組織」は大きく増加している。 以上からは、多くの場合、法人化以後設立の全学同窓会は、既存の同窓会を組織単位で会員として取り込み、設立されたことが窺える。この理由としては、部局同窓会との調整を全学同窓会の設立の際の課題とする山崎(2000)の指摘及び前記の天野(2000)の指摘を踏まえると、既存の部局等の同窓会の活用、その反発の防止と思われる。 表5 同窓会の会員となる資格 注:設立年不明1(総合大学)、複数回答 出所:筆者作成 4 全学同窓会の構造上の課題 以上の全学同窓会の設立時期,設立の主導、 会員の状況からは、法人化以後設立の全学同窓会における部局同窓会を内部に含む「二重構造」という構造的な課題が窺える(高田2011、 大川他2012同旨)。 すなわち、法人化前には、全学同窓会よりも、部局ごとの卒業生(同窓生)が設立した部局単位の同窓会が多数存在していた(図1)。これに対して、法人化以後設立の全学同窓会の大部分は、部局等の同窓会を取り込んだ形で設立された(図2)。但し、取り込まれた部局同窓会は、 全学同窓会より活動実績があり、また、卒業生 個人も、全学よりも部局に帰属意識が高い。この点を全学同窓会から見ると、既存の部局同窓会を取り込むことで、これまで外部にあった 「部局の壁」(天野2000)を、同窓会内部に取り込んだ「二重構造」という課題が生じていることとなる。この課題は、部局の力が強く、全学的なガバナンスの強化に苦心している「それぞれにことなる起源と歴史をもつ学校が統合されて発足した新制国立大学」(天野2000)自身の課題と共通する課題と言える。 図1 国立大学における同窓会の設立(法人化前) 出所:筆者作成 図2 国立大学における同窓会の設立(法人化以後) 出所:筆者作成 5 課題の対応策について 以下では、同窓生(卒業生)個人と部局同窓会における全学同窓会に関するメリット・デメリットを整理した(表6)。以下、同窓生(卒業生)個人と部局同窓会のそれぞれへの配慮の観点から検討する。 ⑴ 同窓生(卒業生)個人に対する配慮 ① 参加の動機づけの低さについて 同窓生個人に対しては、まず、部局同窓会に加えて、全学同窓会に対する参加の動機づ けの形成が課題である。この点は、課題「卒業生の同窓会への関心の低さ」と共通する 点が多いため、以下のⅥで詳述する。 ② 会費等の二重負担の可能性 同窓会費や参加は、同窓生にとって負担となる。全学同窓会としては、後述するよう に、財政支援のみを目的として統制を強めるのではなく、部局同窓会独自の活動に配慮 して、同窓生の関心を醸成できるまでは、最低限の同窓会費にとどめる等の負担軽減の 工夫を図る必要がある。 ⑵ 部局同窓会に対する配慮 ① 部局同窓会独自の活動に対する配慮 部局同窓会は、全学同窓会に比して、長い歴史と求心力を有している。このため、全学 同窓会としては、部局同窓会を通じて、同窓生の関心を確保することが合理的である。 このため、全学同窓会としては、部局同窓会独自の活動に配慮する必要がある。部局同 窓会の独自性を踏まえず、同窓会への全学としての統制が強化された場合、同窓生の部局 同窓会に対する関心は低下しかねず、このことは、全学同窓会にとっても損失となる。   このためには、まず、全学同窓会・部局同窓会の活動領域の区分の明確化が重要であ る。以下の図3には、両者の活動の基本的な活動領域を専門・一般、将来・過去によって 示した。一般的には、部局同窓会は、専門分野や過去の教育経験に基づいた活動に関与す るのに対して、全学同窓会は、広く一般的な分野で、同窓生の将来にわたる活動に関与す ると思われる。実際には、個別の全学同窓会・部局同窓会の状況によって具体的な活動領 域は異なるが、両者の活動領域の区分を明確にすることが、部局同窓会の独自性の配慮の 点から、重要である。 その上で、全学同窓会・部局同窓会が別個独立に活動するのではなく、全学同窓会が 部局同窓会の活動を阻害しないよう配慮しつつ、調整を担うことが考えられよう。 他方で、部局同窓会も、独自の存在意義の再構築に自ら取り組むべきである。例えば、 部局同窓会として、専門家集団としての位置付けの強化を図ると同時に、全学同窓会を通 じた「異業種交流」の促進を行う等が考えられる。 ② 会員・財政基盤を吸収される可能性 全学同窓会の設立の際に会員として取り込まれた部局同窓会の観点から見ると、「小さ い同窓会には大きな組織に飲み込まれてしまうのではないかという危惧もある。 また、 大きな同窓会からすれば、これまで に築いてきた資産の持ち出しになるという心配もあ る」との山崎(2000)の指摘がある。 このため、全学同窓会としては、部局同窓会に対して、インセンティブを付与する必要 がある。例えば、運用面での人的、物的な支援(人材、事務所の提供)や、多様な分野・ 構成員を含む全学単位での交流等のメリットを示すことが考えられる。また、部局同 窓会の抱える「同窓生の追跡が困難」という課題に対して、大学からの生涯メールの付与 や全学的なSNSの構築と活用を通じてのデータ収集など、組織的なデータ収集という支援 が考えられる。 表6 全学同窓会のメリット、デメリット 出所:筆者作成 図3 全学同窓会と部局同窓会の活動領域 出所:筆者作成 Ⅵ 課題「卒業生の同窓会への関心の低さ」について 1 現状と課題 ⑴ 国立大学に対する関心の現状と課題 同窓会への関心の醸成のためには、多くの先行研究では、大学に対する関心の醸成が重要と指摘されている。 しかし、国立大学においては、全学レベルでの関心の醸成は困難である。私立大学の場合は 「建学の精神」等を帰属意識の形成の核とすることができるが、国立大学の場合は、その教育・研究の目的・目標は明確でない。法人化以後、6年ごとに中期目標・中期計画を策定するとともに、昨年来、国立大学改革の観点から、「ミッション再定義」等も実施されているが、 いずれも当該制度や取組内での取り扱いに留まり、同窓生の帰属意識の形成の核には至っていない。 ⑵ 同窓会に対する関心の現状と課題 現時点では、全学同窓会よりも、部局同窓会に対する関心の方が高い。学生生活を通じて教育経験を共有するとともに、卒業後も、多くの場合、同分野の職業経験を共有するからである。 ⑶ 対策の基本方針 全学同窓会としては、上記⑴⑵の課題の解決は容易ではないことをはっきりと認識する必要がある。その上で、筆者としては、従来の部局同窓会の活動とは異なる同窓会活動を行うことで、全学同窓会としての独自のメリットを強調する方向を提案したい。また、その際には、上記の「二重構造」を踏まえて、部局同窓会に対抗するのではなく、双方の強み・弱み(表7) を考慮して、Win-Winの関係を築くことを提案したい。以下、具体的に検討する。 表7 全学同窓会・部局同窓会の強み、弱み 出所:筆者作成 2 国立大学に対する関心の醸成 全学同窓会に対する関心につながる可能性のある国立大学に対する関心としては、帰属意識、危機感等がある。以下、個別に検討する。 まず、国立大学に対する帰属意識である。帰属意識の醸成のためには、在学中からの教育・ 研究活動の充実を通じて、満足度の向上を図る必要がある。この取組は、いわば大学本来の活動であり、ある意味、当然の取組みである。本間(2014)、仲西他(2013)等の多くの先行研究でも、同様の指摘がなされているが、現在では、さらに進んで、学生調査の結果から、「在学時 の取組み」によって支援意欲や関心項目に差が見られることを踏まえて、「在学時の取組み」 と同分野への寄付金の依頼を行っている立命館大学の取組み(仲西他2013)等もある。しかし、これまでの多くの国立大学は、研究志向が強く、教育活動の充実には消極的であったため、この取組みは、これから取り組んでいくべき課題と言えよう。 次に、国立大学に関する危機意識である。危機意識の例としては、数少ない活動実績のある国立大学の全学同窓会である一橋大学の「如水会」が挙げられる。この同窓会の結成のきっかけは、旧帝国大学への統合問題という危機であった。しかし、これまでの多くの国立大学は、存続そのものが危機に瀕することがほとんどなかったため、危機意識の共有は容易ではない。 上記の2つの取組みに代表される国立大学に対する関心の醸成は不可欠ではあるが、成果には中長期的な期間が必要となる。このため、これらの取組みと並行して、他の方策も検討する必要がある。 ちなみに、現在、国立大学は、大規模な再編・統合や民営化の可能性も示唆される「外 圧」の中で、これまでになく積極的に教育活動の充実に取り組んでいる。この状況は、皮肉ではあるが、帰属意識や危機意識の醸成の契機となる可能性もあろう。 3 全学同窓会に対する関心の醸成 国立大学ではなく、直接に全学同窓会自体に対する関心を醸成することも方策として考えられる。その方策として、全学同窓会から同窓生に対して多様なサービスが提供されている。以下、サービスを大きく同窓生自身に向けた共益 志向のサービスと社会に向けた公益志向のサービスに分けて検討する。なお、両サービスは両立しうるものであり、同一の全学同窓会が両サービスを提供することも可能であることは言うまでもない。 ⑴ 共益志向のサービスについて 現在、同窓会からは、様々なサービスが卒業生サービスとして提供されているが、その多くは、同窓生自身に向けた共益志向のサービスである。米国に関する先行研究では、例えば、ホームカミングデー、カード、優待制度、研修会・講習会、ツアー、イベント参加等がある。 また、我が国の大学でも、ホームカミングデー、カード、優待制度、研修会・講習会、イベント参加等が提供されており、先行研究でも、その充実が叫ばれている(大川他2012等)ところである。 さらに、アンケート結果でも、全学同窓会の設立理由は、法人化以後設立の同窓会では、 「社会向け」の理由が減少しているのに対して、「大学向け」の理由は増加している。いわば、法人化前設立の全学同窓会は、共益性とともに、ある程度の公益性も有していたのに対して、法人化以後設立の同窓会では、法人化という危機に直面した国立大学への支援を最優先として、公益性を弱め、共益性を強化していると言えよう。 ⑵ 公益志向のサービスについて いうまでもなく同窓会は共益団体である。このため、構成員である同窓生に対するサービスという共益志向のサービスの重要性は否定できない。しかし、これだけでは、全学同窓会の設立の根本的にある国立大学の課題の解決にはつながらない。 すなわち、全学同窓会の設立の理由は、国立大学の財政基盤の不足に対する支援であるが、この課題の根本には、国立大学に対する社会からの理解と支援の不足という状況がある。しかるに、国立大学は、社会・国民の支援により成立している公益団体である。とするならば、同窓会とはいえ、目先の経営危機に捉われて、国立大学と同窓生に向けた共益志向のサービスのみに注力することは、広がりに限界があるだけでなく、社会からの国立大学に対する理解をさらに失わせる可能性がある。この点、現在、一部の私立大学の同窓会では、排他的なエリート集団としての性格を強化している点に注目が集まっているが、国立大学の全学同窓会で同様の取組を行った場合、社会からの反感を生み、根本的な原因をさらに深刻化させる可能性もあろう。 このため、筆者としては、国立大学における全学同窓会のサービスとして、公益志向のサービスの再強化を指摘したい。以下、国立大学と関係者ごとにメリットを検討する。 ① 同窓生に対するメリット 公益志向のサービスとは、社会に対する啓発活動、ボランティア活動である。このよ うな活動を、全学同窓会が自ら実施するだけでなく、同窓生に対して参加の機会を提供 することは、同窓生に対するメリットが大きいと思われる。 すなわち、現在、社会における非営利活動への関心が高まっている。また、大学生に 関しても、私立大学の学生を対象とした調査ではあるが、ボランティア活動に対する学 生の関心、参加とも増加傾向にあるという調査結果がある(日本私立大学連盟学生委員 会2011)。 このような状況を踏まえると、同窓生にとっては、従来提供されてきた共益志向のサ ービスよりも、公益活動への参加の機会 の提供というサービスの方が、新しい全学同 窓会に対する新しい関心を醸成する可能 性がある。 さらに、ボランティア活動ニーズに関する先行研究において、高学歴ほど知識提供型 ボランティア活動に対するニーズが高いという指摘(中原2007)を踏まえると、国立 大学のバックアップのもとで、専門分野における高度な知見、社会的信用等を活かした 形での社会貢献の機会の提供というサービスは、同窓生にとっては、大きなメリットに なると思われる。この点は、既に多数存在するNPOとの差別化の要因となろう。 ② 社会に対するメリット 社会にとっては、全学同窓会が公益性を強化して、社会人である卒業生のボランティ ア活動の媒介を行い、社会貢献活動を促進することは、大きなメリットである。このこ とは、国立大学の存在意義に対する社会の理解を促すことになろう。 ③ 大学に対するメリット 全学同窓会の活動における公益性の再強化は、全学同窓会の大きな課題「財政基盤 の乏しさ」の課題の根本にある国立大学の財政危機に対する方策となる。 すなわち、国立大学の財政危機の根本原因は、社会・国民の国立大学の存在意義に対 する理解と支援の不足である。同窓生の同窓会を介したボランティア活動の増加は、国 立大学の教育成果の社会に対するアピールとなる。特に、社会で活躍する人材による直 接の活動は効果が大きいであろう。このことは、社会の理解の獲得、ひいては、 財政 基盤の不足という根本原因の対策ともなろう。 Ⅶ 課題「財政的な基盤の乏しさ」について 1 課題に対する取組の状況 ⑴ 全学同窓会の設立の理由 アンケート結果には、全学同窓会の設立の理由に、「財政的な基盤の乏しさ」という課題の大きさが表れている(表8)。 すなわち、設立の理由は、全体では、第1が 「同窓生の親睦の促進」(87.5%)であり、第2が「大学の社会貢献への支援」(37.5%)、第3が「大学への財政的な支援」(35.0%)、「大学の教育改善への支援」(35.0%)となった。 これに対して、法人化以後では、第1が「同窓生の親睦の促進」(80.0%)は変わらないが、「大学への財政的な支援」(45.0%)が第2となった。この点、第1の「同窓生の親睦の促進」、第3の「大学の教育改善への支援」(35.0%)、 第4の「大学の社会貢献への支援」(30.0%)のいずれも割合が小さくなっているのに対して、「大学への財政的な支援」のみ割合が大きくなっている。 ⑵ 連携・協力の現状 次に、実際の連携・協力の状況については、 アンケート結果の財政支援等を含む「組織運営分野」を見ると、「大学への助成」は、法人化以後設立の同窓会ではむしろ減少している。これに対して、「ホームカミングデーの開催」が特に多く、法人化以後に唯一増加している(表9)。 この背景としては、日本の大学では、米国の大学の状況を踏まえて寄付金戦略の重要性が叫ばれて久しいにも関わらず、現時点では、その取組みが進捗していない。この状況を踏まえて、法人化以後設立の同窓会では、設立後間もない現時点においては、寄付金等は前面に出さず、 まずは、活動体制が十分に整っていない全学同窓会でも比較的取り組みやすい「同窓生等の交流の促進」を通じて協力関係を形成することに努めている段階にある、と推測される。 この点に関して、米国の同窓会と寄付金募集に関する先行研究である石田他(2011)は、米国の大学では、同窓会を通じた寄付募集の目的は資金集めではなく、まず、同窓生等の大学を取り巻く人々との強い関係性を築くことが大切であり、次に、大学のミッションへの共感を得、大学へのボランティア等の協力が生まれ、最後に、結果として寄付に結び付くと考えられている、と指摘している。この点は、寄付文化の乏しい日本においても、強く留意すべき点であり、 コミュニケーションを図ることを優先している方向は基本的に妥当と考えられる。 ちなみに、近年、創立100周年などの節目を迎えているいくつかの国立大学では、大規模に寄付金を募集して、記念の建築物などを建設し、寄付者の名を示す等の取組みを行っている事例が見られる。多くの場合、一定の成果を上げているようであるが、今後も引き続き運営環境の悪化が予想される状況を踏まえると、単発の取組みとすべきではない。同窓生等の交流促進等の取組み等、継続的・恒常的な寄付戦略を構築すべきである。 表8 全学同窓会の設立の理由 注:設立年不明1(総合大学)、複数回答 出所:筆者作成 表9 組織・運営に関する「連携」の状況 注:設立年不明1(総合大学)、複数回答 出所:筆者作成 Ⅷ おわりに 以上、本稿では、国立大学における全学同窓会の運営の課題とその解決方策について検討した。 元来、同窓会とは、卒業生等によって自発的に形成された団体だが、現在の国立大学の全学同窓会は、法人化という危機に対応するため、国立大学主導によって、部局同窓会を取り込んで結成された団体である。このため、全学同窓会の運営に当たっては、従来の同窓会や同窓生に対する配慮が求められる。 加えて、「母体」である国立大学の性格も踏まえて、国立大学への支援という「共益」活動 にとどまらず、「公益」組織である国立大学の支援組織に相応しい「公益」活動の再強化も期待される。 なお、本稿では、国立大学の同窓会担当理事を対象とするアンケート調査を取り上げた。今後は、同時期に実施した全学同窓会を対象とするアンケート調査の分析を行うとともに、両者を比較検討することを通じて、全学同窓会の運営に関する課題をより明らかにしたい。また、 本稿は、アンケート調査の結果を基としたため、概括的な内容にとどまり、同窓会担当理事の同窓会に対する予算・業務計画等に関する具体的な関係の把握は十分に出来なかった。今後は、ヒアリング調査等を通じて、より具体的な関係を調査したい。 以上に加えて、大学によっては、同窓会は、地域別、職域別、卒業年次別など、様々な枠組みでも設立されている。特に、地方国立大学の場合は、地域的な枠組みが強いと思われる。これらさまざまな枠組みで設立された同窓会と全学同窓会の関係のあり方の検討も今後の課題である。 今後、上記の研究を進めることを通じて、国立大学、全学同窓会、部局同窓会、同窓生個人、 さらには、社会、国民にとってWin-Winの全学同窓会の運営のあり方を明らかにしていきたい。 最後に、示唆に富む有益なご意見を頂いた査読者の皆様に心よりお礼申し上げる。 [参考文献] 秋山義昭「同窓会と地元の支援を糧に個性的な大学づくりを目指す」『文部科学教育通信』No.182、2007 天野郁夫「大学の同窓会─歴史と展望─」 『IDE現代の高等教育』No.419、民主教育協 会、2000 石弘光「一橋大学と如水会」『IDE現代の高等教育』No.419、民主教育協会、2000 石田秀樹・ 大槻健太郎・杉﨑正彦・中野秋子・福島真司「米国大学の同窓会と寄付募集(Ⅱ)」『大学マネジメント』Vol.6、 No.11、2011 磯崎邦夫「慶應義塾における大学と同窓会」 『大学と学生』No.297、文部省、1990 江原昭博「アメリカにおける大学の同窓会: その成立過程と日本への示唆」『国立教育政策研究所紀要』138、2009 大川一毅・西出順郎・山下泰弘「国立大学における『卒業生サービス』の現況と課題」『大学論集』43、2012 奥島孝康「大学の同窓会」『大学と学生』 No.297、文部省、1990 カレッジマネジメント「事例1 東京大学  既存の同窓会を全学卒業生ネットワークに一元化」『カレッジマネジメント』No.144、 リクルート、2007 喜多村和之「同窓会(Alumni)の意義─アメリカの場合を中心に─」『大学と学生』 文部省、1990 腰越滋・池田義人「大学における同窓会組織の今日的意義」『東京学芸大学紀要 総合教育科学系』57、2006 黄順姫『同窓会の社会学 学校的身体文化・ 信頼・ネットワーク』世界思想社、2008 酒井雅子「一橋大学同窓会如水会について」 『大学マネジメント』Vol.10、No.8、2014 高田英一「国立大学法人における全学単位での同窓会の現状について─全学同窓会の規約を中心に─」『大学評価研究』第10号、 大学基準協会、2011 高田英一「わが国の大学における全学単位での同窓会の現状について」『非営利法人研究学会誌』Vol.15、非営利法人研究学会、2013 鳥居朋子「同窓会活動における大学への戦略的支援─ミシガン大学同窓会の事例に注目 して─」『大学論集』44、2013 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  • ≪査読付論文≫非営利法人課税の本質 / 藤井 誠 (日本大学准教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 日本大学准教授 藤井 誠 キーワード: 非営利法人 法人税 法人擬制説 課税根拠 実効税率 みなし寄附金 要 旨: 法人税法上、非営利法人は、基本的には公益法人として扱われる。公益法人は収益事業 から生ずる所得のみが課税対象とされるが、これを特典と捉えるべきか否かについて、明 確な結論は出ていない。本論文において、社団法人と財団法人に焦点を当て、非営利法人 に対する課税の本質を理論的観点から明らかにする。非営利法人は多種多様な形態が存在 するが、その特徴は所有主がいないという点にある。わが国において、法人税は所得税の 前取りという性質があるため、この観点からは法人税を課す理由はない。現行制度におい て、非営利法人課税の論拠とされているのは営利法人とのイコール・フッティングである。 法人税は転嫁されないタイプの税であるため、毎期の所得に課税する必然性はない。着目 すべきは、資本蓄積についてである。そして、実効税率相当のみなし寄附金を認めること により、法人税の課税を行うことなく、イコール・フッティングは達成される。 構 成: I  問題の所在 II 非営利法人の課税関係 III みなし寄附金 Ⅳ 日米の非営利法人課税制度比較 Ⅴ 法人概念の観点からの検討 Ⅵ ありうべき課税体系 Ⅶ 結論 Abstract In Corporate Tax Law, non-profit organizations are basically treated as public benefit corporations. Only the net income generated from the commercial business is taxable for public benefit corporations. We have not obtained a clear conclusion about whether this fact is the benefit of tax. I will focus on corporate judicial person and incorporated foundation, and clarify the nature of the tax on non-profit organization from a theoretical point of view. Various forms of non-profit corporation exist. Features for it is that there is no owner. Corporate tax is thought to be the withholding of income tax. From this point of view, there is no reason to impose a corporate income tax for the non-profit organization. In the current system, the ground of the tax for non-profit corporation is equal footing with profit corporation. Since the corporation tax will not be passed on, should not be taxed for each period of income. We should focus on the capital accumulation. If we accept the deduction of donations corresponding to the effective tax rate, equal footing will be achieved without taxing. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ 問題の所在 公益法人制度改革により、旧民法第34条に規定されていた社団法人および財団法人が廃止され、「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律」により、一般社団法人および一般財団法人が、準則主義によって設立可能となった。さらに、これらは公益認定を受けることにより、 公益社団法人および公益財団法人となることができる。 法人税は、法人の所得に対して課税することを謳っているが、営利を目的としない法人にあっては、原則として収益事業のみを課税対象としている。これを営利法人との比較におい て、非営利法人における課税上の特典と捉え、両者の間に横たわる課税の公平をいかにして図るかという問題は古くから議論されてきている ところである1)。 その一方、非営利法人は営利を目的としていない以上、各々のミッションを遂行するうえでの資金需要をいかに賄うかという問題を常に抱えている。そのため、非営利事業を行うためには、営利事業を行うということが少なくない。したがって、営利事業活動による非営利法人の持続性は往々にして非営利事業活動継続の前提となり、これと非営利法人における営利法人との課税の公平を根拠とする収益事業課税とは、トレード・オフの関係にあると考えられる。 非営利法人については、法人税法における規定は存在しているものの、その課税について は、必ずしも理論的に明確な根拠が示されているわけではない。その原因は、非営利法人に関する法人所得課税の文脈における範囲および性質が明らかになっていないことにあるものと考えられる。この点を踏まえ、本論文においては、非営利法人に係る所得課税の本質を明らかにすることを目的としたい。なお、非営利法人には多種多様な形態が存在するため、近年大規模な法整備が行われた社団法人および財団法人に焦点を当てて検討を行うこととする。 Ⅱ 非営利法人の課税関係 一般社団法人および一般財団法人は、特例を除けば普通法人として取り扱われ、法人の申請により公益認定を受けた公益社団法人および公益財団法人は、公益法人等として取り扱われる (法法2六)。また、従来、税法上の公益法人等には、専ら公益目的の法人以外にも、会員のためにサービスを提供する非営利の社団法人や財団法人も存在していたことに鑑み(武田[2011] 12頁)、公益認定を受けていない一般社団法人 および一般財団法人のうち、つぎの要件を満たす法人として、「非営利型」という類型を設け、 法人税法上は非営利型法人も公益法人等として取り扱われる(法法2六)。 ① 非営利性の徹底(法法2九の2イ) 事業による利益を得ること又は得た利益を分配することを目的としない法人であり、 事業を運営するための組織が適正であるものとして政令(法令3①)で定めるも の。 ② 共益的活動目的(法法2九の2ロ) 会員から受け入れる会費により、会員に共通する利益を図るために事業を行う法人 で あって、事業を運営するための組織が適正であるものとして政令(法令3②)で定め るもの。 非営利性の徹底された法人においては、形式的にも実質的にも剰余金の分配が行われないことはもとより、残余財産の最終的な帰属先が国や他の公益法人等に限定されることから、利益を稼得する活動を行うとは限らないという理由により、収益事業を行う場合に限り課税を行うこととされている(成道[2011]106頁)。 一方、共益的活動目的法人は、会員からの会費が専らその会員を対象とした共益的事業に費消されることが想定されるものであり、会費の収入と支出とのタイムラグによる余剰が生じることが不可避的であるが、それは一時的なものであるため、課税に馴染まないとの理由により、やはり収益事業を行う場合に限り課税を行うこととされている(税制調査会[2005]5頁)。 公益法人等は、法人税法施行令第5条等において特掲される34業種の収益事業を行う場合に限り法人税の納税義務を負い(法法4①)、収益事業から生じた所得以外の所得に対しては法人税が課されない(法法7)。しかし、公益社団法 人および公益財団法人にあっては、その行う事 業が特掲収益事業に該当した場合であっても公益目的事業に該当すれば課税の対象外とされている(法令5②)。なお、この収益事業の範囲については、営利法人との競合関係にある事業を特掲するという考え方に基づいて定められている(渡辺[1994]8頁)。公益社団法人および公益財団法人が行う公益目的事業は、収益事業として掲げられる34業種に該当する場合であっても、その種類を問わず収益事業から除外されることとされていることについては、公益法人認定法の収支相償基準が適用されることにより、収支差額が制度上生じる余地がないためであると説明される(武田[2011]20頁)。ここでは、 公益目的事業に該当するか否かで判断されてり、実質主義による識別が行われているとされ る(成道[2011]126-127頁)。 非営利型社団・財団法人についても、公益社団・財団法人と同様に収益事業から生ずる所得が課税対象とされている。しかし、ここでは特掲収益事業に該当するか否かが判断基準とされており、形式主義による識別が行われていることが指摘される(成道[2011]126-127頁)。 公益および非営利型社団・財団法人以外の一般社団法人および一般財団法人については、所得の発生源泉となる事業の性質は何ら考慮されず、すべての所得が課税対象となる。そのため、これらの法人は、一般には非営利法人と称されつつも、税法上は営利法人と変わりないことになる。 Ⅲ みなし寄附金 公益法人等が収益事業に属する資産のうちから収益事業以外の事業のために支出した金額 は、収益事業に係る寄附金の額として、限度額までの損金算入が認められており(法法37⑤)、これはみなし寄附金と称される。 みなし寄附金制度の前提として、公益法人等に対しては、「収益事業から生ずる所得に関する経理と収益事業以外の事業から生ずる所得に関する経理とを区分して行わなければならない」として、区分経理を求めている(法令6)。これは、収益事業と非収益事業をそれぞれ独立した法人のごとく取り扱うものであり、みなし寄附金は、収益事業から非収益事業への寄附があったものと捉えるものである(武田[2011] 38頁)。ただし、非営利型社団・財団法人と公益および非営利型ではない一般社団・財団法人にみなし寄附金の適用はないこととされている。 従来、公益法人等は、収益事業を行った場合に、その収益事業から生じた所得に対して課税されるものの、収益事業に属する資産を収益事業以外の事業に帰属させたときには、収益事業から生じた所得の20%を限度として損金算入することを認めていた。これは、公益法人等は収益事業を行った場合でも、営利法人のように利益を株主に分配することはないためであるとされる(武田[2011]5頁)。 現行規定において、公益社団法人および公益財団法人に対しては、「収益事業に属する資産のうちから収益事業以外の事業で公益に関する事業として政令で定める事業に該当するもののために支出した金額を寄附金の額とみなす」としている(法法37⑤、法令73の2、法規22の5)。すなわち、公益目的事業に該当しない特掲収益事業から生じた所得の全額がみなし寄附金として損金算入の対象となるのである。その一方で、公益目的事業以外の事業への支出があった場合にはみなし寄附金の対象から除外される。 しかし、収益事業の所得が非課税であるという見解は厳密には正確性を欠く。なぜならば、 全額のみなし寄附金適用には本来の公益目的事業に使用するという条件が付されており、収益事業への再投資が認められていないためである。収益事業から生じた所得をほとんどタイムラグなく、本来の公益目的事業に使用しなければならないという条件は、資金の効率的な使用に対する弊害となりうることを指摘しておきたい。そのため、収益事業から生じた所得であっても、再投資された後にみなし寄附金を認めるという方策を採用することを検討すべきであろう。 なお、非営利型の社団・財団法人については、区分経理が要求されるものの、みなし寄附 金の制度が認められないこととなった。また、公益および非営利型以外の一般社団・財団法人については、すべての所得が課税対象となるために、みなし寄附金を考慮する余地はない。 このように、公益および非営利型以外の一般社団・財団法人は、法人税法上普通法人として取り扱われるため、収益事業か非収益事業かにかかわらず、法人単位による課税が行われることになる。そのため、収益事業と非収益事業との間での損益通算が可能となるために、公益および非営利型以外の一般社団・財団法人の方が、非営利型社団・財団法人よりも相対的に軽 課される事態が想定されるという問題点が指摘されている(武田[2007]32頁、尾上[2011]42- 46頁)。 Ⅳ 日米の非営利法人課税制度比較 1 アメリカの非営利法人課税 アメリカ内国歳入法(Internal Revenue Code、 以下IRC)Subchapter F§501から§530までは、 免税団体2)(exempt organization) の課税関係について規定している。そして、§501⒞に おいて、⑴~⚮までの免税団体が列挙されている3)。IRC§501⒞に記載されている団体には、慈善目的団体だけでなく(Lieber[2004] p.182)、様々な共益目的団体も含まれている。 各州において非営利法人としての承認を受けた法人4)は、つぎの2つの免税条件(exemption requirements)を満たし、内国歳入庁の承認を受けることにより、免税措置の適用を受けることが可能となる(§501⒞⑶)。 ①  利益(earnings)がいかなる個人持分主や個人(any private shareholder or individual) にも帰属(inure)しないこと ②  立法(legislation)に影響を及ぼしたり、 政治家候補(political candidates)に賛成 または反対のいかなるキャンペーン活動を行うような組織ではないこと アメリカでは伝統的に、非営利団体が収益を終局的には免税団体に振り向ける限りにおい て、非課税での収益活動を行うことが許容されるという考え方がある(Lieber[2004]p.181)。そのため、主として利益(profit)追求のための事業活動(trade or business)を行う団体は、免税措置を享受することは認められない(§502⒜)。 また、§501⒞に該当する免税法人の非関連事業(unrelated business)から生じる所得は、通常の税率により課税に服する(IRC§501⒝)、 IRC§511)。 非関連事業とは、①非関連事業が継続していること(Reg. §1.513-1⒞)、②本来の事業との実質的関連性がないこと(Reg. §1.513-1 ⒟)を内容とする。非関連事業所得課税適用の主たる目的は、免税組織の非関連事業活動と営利法人の課税事業とに同じ税率を適用することによる不公正な競争の源(source of unfair competition)を取り除くことにある(Reg. §1.513 -1⒝)。これについては、非関連事業が本来の事業を歪める原因となりうることから、これ に対する抑止効果を狙ったとの解説もなされて いる(成道[2005]276頁)。 IRCにおいても課税所得と免税所得を把握する必要があるため、区分経理が求められる(成道[2005]276頁)。例えば、ある施設が免税活動 (exempt activities)と非関連事業活動(unrelated trade or business activities) の両方で使用されている場合に、減価償却費等は合理的な基準 (reasonable basis)により配分され(allocated)なければならないとして区分経理を求めている(Reg §1.522⒜-1⒞)。さらに、非関連事業活動と本来の事業活動との損益通算が認められていないという特徴も見られる(成道[2005]277頁)。 2 日本の非営利法人課税との比較 アメリカでは、非営利団体の法人格取得は、これに係る連邦法が存在しないことから、州法の権限のもとに行われる(Lieber[2004]p.175)。連邦税に関しては、非営利団体といえどもこの時点では課税団体ということになるが、IRCの承認を受けることにより非課税団体となる。ただし、非関連事業活動から生ずる所得については課税される。一方、わが国では、準則主義により社団・財団法人の設立は極めて容易である。ただし、公益認定を取得するためには、内閣府の公益認定等委員会または都道府県の公益 認定等委員会による認定が必要となる。そして、公益認定を取得していない社団・財団法人であっても、法人税法の非営利型要件を充足することにより、自動的に非課税法人となる。 非課税法人について、アメリカでは非関連事業所得、日本では収益事業所得はともに課税対象となる。ここで、IRCは非関連事業の定義をしているのみであるが、日本では34業種が特掲されているという違いがある。しかし、非関連 事業課税が行われる根拠は、わが国の公益社団・財団等において収益事業課税がなされることと同様、営利法人との課税の公平である。このような関連事業あるいは非収益事業に係る税優遇措置は、公益性、非営利性等との均衡のもとに是認されるものであると指摘される(藤井[2003]4-5頁)。 このように、アメリカの非営利法人課税とわが国のそれは、類似点が多い。その一方で、つぎのような大きな相違点も存在する。IRCの法人税率は、超過累進税率を採用しており(IRC §11)、法人実在説に立脚しているとされる(伊藤[2013]358頁)。そのため、個人所得税における法人所得税との二重課税を調整する規定は設けられていない5)。 理論上、累進税率の採用は法人段階の課税と株主段階の課税における二重課税の調整を不可能にするものではないが、著しく複雑になるうえに、当該税率は法人それ自体の担税力を把握することと軌を一にするものである。これに対し、わが国の法人税法においては、比例税率が採用されており、法人の担税力ではなく、株主との二重課税調整を重視しているという点で法人擬制説と整合的である。 このように、アメリカと日本の非営利法人課税は、法人概念という根幹部分に相違があるにもかかわらず、①まず課税法人として設立され、②つぎに認定を受けることにより非課税法人となり、③収益事業または非関連事業を行うことによりその限りにおいて課税の取扱いをうけるという基本構造は同一である。ただし、課税要件を限定的に列挙しているか、包括的に規定するかの相違は大きい。IRCにおいて、免税 (exempt)という表現が用いられるのは、営利法人と非営利法人とを問わず、法人実在説によれば原則として全ての所得に課税するという思考が根底にあり、日本における思考とは根本的に異なる(図表1参照)。 図表1 非営利法人課税の日米比較 出所:筆者作成 Ⅴ 法人概念の観点からの検討 1 法人概念と非営利法人課税の論拠 法人実在説とは、法人は出資者たる株主とは 別個独立の存在であり、それ自体法人として権利能力を持つばかりではなく、課税上も独立した納税主体を構成するものとする考え方である。この立場によれば、法人と株主の二重課税は問題とならないことになる。一方、法人擬制説とは、法人を出資者たる株主の集合体とみる考え方である。したがって、法人に対する課税は、法人の所得の株主への分配が遅れることから、個人所得税を法人段階で便宜上課するものであるとし、法人税は所得税の源泉課税的な意味を有するものであると解する。そのため、法人税における二重課税はもちろんのこと、法人税と所得税のそれをも回避するための調整が不可欠となる。 わが国の法人税は、基本的には法人擬制説の立場に立つものと考えて差し支えないだろう。 実定法上も法人間配当における受取配当の益金不算入制度(法法24)や個人株主への配当における配当控除制度(所法92)がこの思考を具現化しているものといえる。さらに、法人税率が原則として定率であることもこの法人擬制説に適うものといえるだろう。法人それ自体に担税力を見出すのであれば、所得税と同様に超過累進税率が適用されるべきであるからである。また、法人税率が定率であることは、配当後の二重課税調整が容易になることにも資する。一方、アメリカの内国歳入法においては、法人税は超過累進税率による課税が行われているため、法人実在説の考え方に基づくといえ、個人事業形態との課税の公平や中立性は考慮されない。 非営利法人課税について、わが国の法人税法においては、基本的には収益事業から生じた所得のみ課税するという考え方がとられる。これに対し、アメリカの内国歳入法においては本来の事業と関連性のない所得には課税するという考え方がとられ、そこには営利法人との課税の公平あるいは中立性という共通の思考が根底にある。この点については、準則主義がとられることにより非営利法人の事業活動に制約がないため、営利法人と同種同等の事業を行いうることを根拠として、営利法人と非営利法人という法人形態の選択における中立性を担保する観点、さらには、非営利法人を利用した租税回避 防止の観点から、収益事業課税を行うものであるとされる(水野[2006]25頁、税制調査会[2005] 4-5頁)。 法人実在説によれば、株主との関係は考慮外に置かれることになるため、法人税は所得税からは離れた独立した税であるとの理解に至る。そして、法人段階における所得に課税を行うことこそが、非営利法人と営利法人との課税の公平に資することになる。この場合、税率は、法人の能力に応じて累進税率が採用されることになる。「法人税は、事業の目的や利益分配の有無にかかわらず、収益及び費用の私法上の実質的な帰属主体である事業体がその納税義務者とされるものであり、この点は営利法人も非営利法人も同様である」という見解(水野[2006]23頁) は法人実在説に依拠した考え方に他ならない。 一方、法人擬制説の立場によれば、株主との関係を考慮する必要があり、したがって法人税は所得税の前取りとしての性格を付与される。 この場合、非営利法人に対する課税を行うべきではないが、仮にこれを実行するとするならば、そこには法人実在説の考え方が混在することになる。すなわち、営利法人は法人擬制説、 非営利法人は法人実在説という異なる思考を基礎とする同一の税目が存在する奇異な事態になる。当然、前者には比例税率6)が、後者には累進税率が適合する。普通法人においては株主に対する利益分配が行われるのに対し、公益法人等においては組織の所有者が存在せず、利益分配も行われる余地がないことから、法人税課税を行うことは不合理であるとの指摘(武田[2011] 14頁)は、法人擬制説に基づいたものである(図表2参照)。 図表2 法人概念と課税体系の関係 出所:筆者作成 2 浮かび上がる問題点 物事の公平性を検討する場合、比較対象における相互の同質性が前提となることは改めていうまでもない。公益法人等の収益事業から生ずる所得と普通法人の収益事業から生ずる所得に法人税課税を行うことが公平であるという主張は、法人実在説を前提としたものである。なぜなら、法人擬制説によれば、営利法人における法人税額は所得税清算が行われる前の仮計算額に過ぎないのであるから、これと最終確定額である非営利法人における法人税額との公平を議論する意味はない。一方、公益法人等の場合に は、法人段階の課税は後にいかなる調整も実施されない。これはいかにも不公平である。さらに、法人実在説によれば、法人段階において生ずる所得への課税に公平性を見出すのであるから、非営利法人に対する課税を収益事業に限定する必要性はないことになる。この考え方は、今日の法人の所得概念が純資産増加説によって発生源泉は問わないという理論とも整合する。 このように、法人段階における公平性は、法人実在説を前提とする場合にしか成立しないうえ、ここからは収益事業に限定する理由も不明確なままである。現行の法人税の課税体系は、 原則として比例税率を採用していること、配当控除制度により所得税との二重課税調整が不完全ながらも手当てされていることから、原則として法人擬制説に基づくものと理解されるべきものである。しかし、現実の法人税制は、法人擬制説にのみ立脚するのではなく、法人が独立した納税主体であると捉える法人実在説の考え方に重点が置かれているため、非営利法人に対 する非課税措置に反対する見解もある(知原 [2004]179頁)。わが国やアメリカはもとより、いずれかの立場に徹した制度をとっている国は極めて少なく、現実の制度は、両者を折衷した制度をとっているとの指摘(田中[1990]483 -484頁)にもあるように、多かれ少なかれ法人実在説と法人擬制説が反映されているのは否定しがたい事実である。そのため、法人実在説と法人擬制説との対比による検討からは、制度上の決定的な差異を見出すことは不可能であるということが明らかとなる。 思うに、非営利法人の課税問題を検討するには、2つの問題が異なる次元において錯綜しているのである。すなわち、非営利法人に課税すべきか否かという問題と収益事業に課税するか否かという問題である。 第一の問題については、法人擬制説か法人実在説かという議論が関連するのであり、いずれの説が理論的に正しいかは別として、法人税課税の体系に矛盾なく収まることが重要である。この段階では、収益事業か非収益事業かといった事業の内容や性質は問題とならないのである。 そして、第二の問題、すなわち、非営利法人の行う収益事業から生ずる所得に限定することの是非については、営利法人との競合性が問題となる。しかし、本質的に異なる法人を同じに扱う必然性はない。 Ⅵ ありうべき課税体系 1  公益認定を受けておらず非営利型でもない 一般社団・財団法人 公益認定を受けておらず非営利型でない一般社団・財団法人は、既述のように、社員総会または評議員会の決議により、社員または設立者、さらには特定の者に剰余金を分配することが可能とされており、実質的に剰余金を残余財産の分配という形で、個人に分配することができるため、普通法人との課税の公平が担保されなければならない(尾上[2011]41頁)。そのため、すべての所得が課税対象とされることには合理性がある7)。 この点について、尾上[2011]は、持分権者のいない社団・財団法人につき普通法人と同じようにすべての所得を課税対象とするという取扱いは、法人擬制説との整合性を欠くものであり、結果的に残余財産が個人に分配された場合には、その時点で課税すればよいとの見解を示している。ここには、当該一般社団・財団法人と同様の経済実態にある普通法人との間の課税の公平性を重視するのか、あるいは、法人擬制説を重視するのかというジレンマがある。 通常、法人擬制説において、出資者と剰余金の受取人は同一であることが想定されているものと思われる。しかし、社団・財団法人にあっては、出資者と剰余金の受取人は必ずしも同じではないという特性がある。すなわち、法人擬制説における集合体の源を狭義に捉えれば持分権者となるが、広義に捉えれば受益者ということになるのであり、後者の立場に立った場合には、前述のジレンマは解消することになる8)。 したがって、剰余金分配後の所得税までを含めても、公益認定を受けておらず非営利型でもない一般社団法人・財団法人と普通法人とは同様の経済実態にあるといえ、法人実在説か法人擬制説のいずれの説に基づくかにかかわらず、その全所得を課税対象とすることには合理性が見出される。 2 非営利型の一般社団・財団法人 非営利型一般社団・財団法人は、非営利性の徹底された法人と共益的活動法人とを区分して検討することが必要である。 ① 非営利性が徹底された法人 非営利性が徹底された法人は、公益財団・社団法人と共通する点があり、これらの検討 と併せて後述する。 ② 共益的活動目的法人 共益的活動目的法人は、会員からの会費が専らその会員を対象とした共益的事業に費 消されることが想定されるものである。 当該法人は、収益事業から生じた所得につい て、形式的には利益分配を行わないのであるが、法人において生じた所得は実質的に会 員が共同で事業活動を行うことにより稼得した所得であると考えることができる。その ため、この所得は全額を会員に帰属させ、所得税を課税するべきものである。そのうえ で、所得税課税済みの残額を会員が会費として法人に支出したものと理解すれば、法人 段階で収益事業から生ずる所得に課される法人税は会員個人における所得税が源泉徴収 されたものであり、一方の会費収入は会員において所得税が課税済みなのであるからこ れに改めて法人税を課す必要はないということになる。換言すれば、ここでいう源泉所 得税は所得税の前取りとしての通常の法人税とは性格が異なり、会員に分配されたとみ なして課税すべき所得税が一律源泉分離課税されたものである。 共益的活動目的法人においては、個人で共益事業を行うよりも、共益的活動による 恩恵を享受できる人々が一体となって収益事業を行う方が効率的であるから、収益事 業を行うことについては、課税上何ら問題のない経済行為といえよう。このような解 釈によれば、会費収入は会員段階において所得税を課税すべきものであるため、法人 段階での課税の対象と解すべきではない。 3 公益社団・財団法人 公益社団・財団法人については、普通法人との課税の公平、すなわち競合性が問題となることは繰り返し指摘されているところである。一方で、公益社団法人および公益財団法人について、公益目的事業支出という条件つきながら、収益事業から生ずる所得を実質的に非課税とする措置は、収益事業課税の根拠を営利法人との競争性に見出すという従前の説明だけでは不足することの証左であるとの指摘(武田[2011] 17頁)もなされている。 両者を単年度で見た場合、営利法人との競合性は問題とならない。なぜなら、法人税は消費税等と異なり、転嫁の予定されていない性質の税目であるため、営利法人との価格競争力を考慮する必要のないものと考えられるためである。実例をあげると、国家資格取得講座を展開する株式会社と公益法人である学校法人との間に、価格差はないに等しい。これは、法人税の転嫁9)がない証左であり、そこには市場原理が働いているのである。状況により法人税の転嫁が起きているとしても、これは市場の競争原理が機能していないからに他ならないのであり、市場の不完全性を前提とした課税方法は回避されるべきである。 しばしば非営利法人が営利法人に比して廉価な物品を販売することにより、非営利法人との間において不公平が生じるという指摘がなされる。現行の非営利法人に対する収益事業課税もこの解釈に基づいているが、法人税の転嫁がなされない以上、法人税を課したとしても、非営利法人が行う廉価販売には影響はなく、法人税の有する所得税の前取りという本来の性質を曲げて、非営利法人の行う収益事業活動の販売価格と調整する機能を具備させることはできないのである。 問題の本質は、非課税による資本蓄積が営利法人に比して公益法人の方が多いことによる競争の不公平性にある。法人税法や租税特別措置法において、中小法人等を対象とした一定額までの軽減税率をはじめとする各種の恩典が設けられているのは、大法人に比べて競争力が劣るためである。公平を論ずるべきは、法人税課税がその後の事業活動に不公平をもたらす可能性についてであることが明らかである。昭和29年の一般法人に対する積立金課税の廃止は、日本企業の国際競争力の低下要因となっていたことが理由であり、この事実からも本章における検討の視点の有効性が確認できよう。 以上の理解のもと、つぎの数値例を用いて、 問題の検討を進めていく。 〔設例〕当初元入額:1,000,000、収益(非公益) 事業の資本利益率:20%、実効税率:35% ① ケース1(図表3) まず、公益社団・財団法人について、収益 事業から生じた所得が非課税とされ、その全 額が収益事業に再投資される場合を考える。 C0:当初純資産額、Cn:n期末純資産、r: 資本利益率、t:実効税率とすると、n期末に おける純資産額はつぎの算式により表される。 Cn=(1+r)n C0=1.2 n C0 ② ケース2(図表4) つぎに、すべての所得に対して課税される普通法人について、ケース1と同様の場合の 各数値を示す。 このケースにおいて、n期末における純資産額はつぎの算式により表される。 Cn={1+r(1-t)}n C0=1.13 n C0 ①と②を比較すると、公益法人は非収益事業について課税対象外となるため、普通法人 と比べると常に純資産額が多いことが示される。 ③ ケース3(図表5) しかし、課税事業から得た所得の全額を非課税事業に支出し、みなし寄附金の適用があ る場合には、つぎのようになる。 このケースにおいて、この公益法人のn期末における収益事業に対応する純資産額はつ ぎの算式により表される。 Cn=C0 3年間で獲得できる所得は600,000となり、営利法人のそれよりも少なくなる。獲得した利益の全額について収益事業への再投資が不可能となるので、課税事業における資本の蓄積はなされない。すなわち、100%のみなし寄附金を認めたとしても、収益事業課税によるダメージと相殺するには十分ではないということである。なお、この値は、普通法人において全額配当した場合と同じであるが、全額配当されるならそもそも法人税の必要はないことになる。 ④ ケース4(図表6) つづいて、課税事業から得た所得の50%を非課税事業に支出し、みなし寄附金の適用がある場合には、つぎのようになる。 このケースにおいて、n期末における純資産額はつぎの算式により表される。 Cn={1+0.5(1-t)} r n C0=1.065 n C0 図表3 公益法人(非課税・全額再投資)の場合 図表4 普通法人(課税・全額再投資)の場合 図表5 公益法人(課税・非課税事業に100%支出、みなし寄附金適用あり)の場合 図表6 公益法人(課税・非課税事業に50%支出、みなし寄附金適用あり)の場合 ケース4は、ケース2に比べ、純資産の増加という点において、さらに不利な扱いとなることがわかる。このように、公益法人において実効税率を営利法人と同じとした場合、公益目的事業支出を行うことにより、その分だけ(正確には営利法人の配当額を超える部分の金額相当)、元本の目減りが起きる。また、公益法人において収益事業課税を行う場合であっても、所得金額のうち法人税率を超える金額を公益目的支出とした場合には、その超過分だけやはり元本の目減りが起きることになる。 現行規定において、公益社団・財団法人については、課税事業から生ずる所得金額の50%が損金算入限度額とされている(法令73①イ)。これについては、公益社団・財団法人の収益事業に係る収益の50%は公益目的事業に支出することが規定されており(公益法人認定法18④、公益 法人認定法規則24)、当該規定と平仄をとっての措置であると説明される(石坂[2012]46頁)。さらに、公益目的事業支出の全額が特例としてみなし寄附金として認められる(法令73の2①、 法規22の6)のは、公益認定基準に定められている収益は公益目的事業の実施に要する適正な費用を超えてはならないとする収支相償により、公益目的事業において収支不足が生じること、そして、これを補填するべく収益事業が行われることが想定されていることに配慮したものであると説明される(石坂[2012]46頁)。 以上の検討により、公益社団・財団法人課税の本質は収益事業に課税し非収益事業を非課税とするかという点にあるのではなく、収益事業から生じた所得を再投資できないことと紐付きとすることによって、競合性問題を解決しているものと理解できる。そして、50%という基準はむしろ過剰規制であり、法人税実効税率相当額を再投資不能とするべきである。 この方法において、n期末における純資産額はつぎの算式により表される(図表7参照)。 Cn={1+r(1-t)}n C0=1.13 n C0 これにより、公益社団・財団法人と普通法人との公平性は担保されることになる。公益法人等の収益事業に対する課税が行われるのは、一般法人および個人との直接的な競争状態における課税の中立性であるとされている(Shoup Mission[1949]p.116、成道[2011]101頁)。これを受けて、かねてより、公益法人等の収益事業に係る法人税率は軽減税率が適用されていたの だが、現行規定においては普通法人と同率であり、これをもって課税の不公平が解消されたとされる(石坂[2012]46頁)。しかし、実効税率相当額の課税事業から非課税事業への支出が行われていることを条件に、法人税課税を実施しないことが適当であるとの結論が導かれる。もちろん、この検討の視点には、法人概念は無言である。 なお、非営利性が徹底された法人に対しても、この論法は適合する。ここでは、公益目的 事業か否かという事業の性質は関係ないためである。したがって、収益事業に課税したうえ に、みなし寄附金を認めないという取扱いは過剰な制限といえるのである。 図表7 ありうべき公益法人課税 Ⅶ 結論 これまでの検討により、非営利性の徹底された社団・財団法人は公益社団・財団法人と同様の課税関係となり、これらの法人については、実効税率相当額の課税事業から非課税事業への支出を行うことを強制し、当該支出についてみなし寄附金を認めたうえで、課税を行わない規定を措置することが最適解との結論を導出することができる。このとき、実効税率相当額が公益目的事業または非収益事業に支出されていない場合、実効税率相当額に達するまでの金額に100%の税率による課税がなされる必要がある。そして、共益的活動目的法人における会費収入は、本来会員段階において所得税を課税すべきであり、法人段階での課税の対象ではない。なお、公益認定を受けておらず非営利型にも該当しない一般社団法人・財団法人は普通法人と同様、その全所得が課税対象となる(図表8参照)。 立法論の問題として、ある一定の範囲を課税対象とすることを想定する場合、課税を原則として、限定列挙により非課税の範囲を定める方が、逆の場合に比べて法的安定性が高いことは容易に想像がつく。そのため、法人所得課税の理論に照らせば、非営利法人に対する課税は原則としてなされるべきものではないが、法的安定性に資するため、これを課税対象とすることを原則と位置づけることは十分に説得的である。 かりに、理論的には非営利法人には課税すべきではないが、一定の営利事業に限って課税することが相当であるという結論に達したとする。このとき、立法段階において、原則として課税し、一定の事業に関しては非課税とするとしても何ら矛盾は生じない。すなわち、租税理論としての課税の原則と、立法論としての課税の原則は異なるということである。後者の原則は、理論的な原理原則を意味するものではなく、基本方針を示すに過ぎないのであり、要は最小のコストで法的安定性のある条文を作成することが主眼とされる。 公益社団・財団法人においては、収益事業から生ずる所得の少なくとも50%は公益目的事業に支出されることが義務づけられているのであり、再投資可能な金額は最大でも50%である。この条件が存在する以上、そして、実効税率がこの50%という値を下回っている限りにおいて、公益社団・財団法人が普通法人より有利になることはない。すなわち、現行規定は本論文の検討対象である法人所得課税という面においては、法人実在説と法人擬制説のいずれの立場によるかにかかわらず10)優遇措置とは位置づけられない。 一般に非営利法人の課税問題は、法人実在説と法人擬制説のいずれの立場を支持するかの議論に集約されることになるのだが、現実の法人税法が基本的には法人擬制説に立脚したものであるものの、一部に法人実在説に基づく歪みが存在していることから、水掛け論の域を出ていないようである。 本論文においては、この点について、再投資可能額、すなわち期末純資産額に焦点をあてて検討を行うことにより、現行規定が公益法人に何らの優遇性もなく、むしろ不利な取扱いとなっていることを指摘した。したがって、公益法人等におけるすべての事業から生ずる所得に法人税を課税する根拠は存在しないのであり、 原則課税か非課税かという問題も当然のことながら雲散霧消する。 以上の検討から得られた知見により、現行規定は理論的矛盾を内包していることが明らかとなる。なお、シャウプ勧告において指摘された、非課税法人の利益が事業活動を拡張するほかは餐宴のために消費されているという問題点 (Shoup Mission[1949]p.116)については、本来の事業への支出が適切に行われていることを非課税の要件とすることにより対応すべきものと思われる。 図表8 ありうべき課税体系 [注] 1) 非営利法人の所得課税問題は、1899(明治32) 年に第一種所得税が創設された当時に遡ることができる。当時の所得税法第5条第4号は、 営利を目的としない法人の所得には課税しないことを規定していた。当該問題の歴史的経緯については、武田[2011]5-11頁が詳しい。 2) わが国においては、①課税対象から除外されたものについて最初から納税義務が成立しないという意味での非課税という用語と、②一 定の法定要件の充足を前提として、申告等の手続により課税対象から除外された場合に、いったん成立した納税義務を事業に消滅させ るという意味での免税という用語が区別して使用されているが、アメリカ内国歳入法の tax exemptionは、非課税ならびに免税およびその中間形態に属する措置(行政庁の事前承認を前提とする非課税の取扱い)を包摂した意味で用いられているとされる(石村[1995] 294-295頁)。 3) IRC§501⒞に規定されているのは、つぎの 29団体である。なお、このほか、§401⒜の 適格年金が非課税組織に該当する。 ①公共法人、②免税資格保有団体、③宗教、 慈善、教育等の活動を行う団体、④市民団体 等、⑤労働・農業・園芸団体、⑥企業団体・商工会議所、⑦親睦団体、⑧友愛団体、⑨任 意従業員共済団体、⑩宿泊施設利用型友愛団体、⑪地方教職員退職基金、⑫地方共済生命 保険団体、⑬共同霊園法人、⑭州認可信用組合・相互信用組合、⑮小規模保険会社・組 合、⑯農業融資組織、⑰失業補償給付基金、 ⑱従業員年金基金、⑲退役軍人団体、⑳法律 相談団体、㉑炭灰塵症給付基金、㉒年金基金、㉓1880年以前に設立された軍人団体、㉔ ERISA法4049条信託、㉕年金持株会社、㉖ 医療看護団体、㉗労働者災害補償団体、㉘国立鉄道退職投資信託、㉙CO-OP健康保険発行団体 4) IRC§501⒞⑶に規定される宗教・慈善・教育活動団体のうち、§509⒜の⑴~⑷のいず れかの要件を満たすと、パブリックチャリ ティ(Public Charity)となり、それ以外は民間財団(Private Foundation)として区別される。この区別は、寄附金に関する課税上の取扱いの場面において顕著な相違となって現れるが、本論文における検討範囲を逸脱する論点であるため、言及しない。なお、この論点については、今枝[2003]が詳しい。 5) 法人株主においては、株式保有割合に基づく受取配当等の益金不算入制度(Dividends Received Deduction : DRD)が規定されている (IRC§241-246)。ただし、当該規定は法人課税における二重課税のみを対象としているのであり、個人株主は対象とされない。 6) 営利法人についても累進税率を適用し、配当が行われたときに、株主において二重課税調整を行うことも計算技術的には可能ではあるが、いたずら複雑なものとなることは間違い ない。もっとも、現行制度もこの二重課税調整は意図的に不完全なものとしていることに 鑑みれば、二重課税の徹底に固執する必要はないのかもしれない。 7) この点について、株式会社を設立するほうが合理的であり、非営利型ではない法人を設立する意味はないとの指摘がある(村山[2011] 4頁)。 8) 持分権者と受益者が別である場合において、 例えば100の元本について120の分配があったとき、個人側で120が所得になるのか、20が所得になるのかは興味深いところである。こ のとき、所得は120ということになるだろう。すなわち、出資者は100を法人に寄附し、残 余財産の受取人は120の所得を得たと考えるのが妥当であろう。そして、100はいったん出資者に返却され、それが受取人に贈与されたと考え、20は法人から受取人への贈与だと捉えるのである。 しかし、資金提供者が残余財産を受け取った場合には、個人間の贈与は起こらないために、20のみが課税されることになる。いずれにせよ、株主間での所得移転については、これをいかように律するかは所得税における問題であり、法人税が関与する必然性はない。 9) 法人税は転嫁しないというのが古典的学説であったが、最近では転嫁を肯定する学説が有力になりつつあるという見解がある(金子[2014]282-283頁)。しかし、かりに法人 税の一部が転嫁するとしても、株主に帰着する部分があるのであれば、その限りにおいて 二重課税調整は必要であり、法人擬制説の否定にまでは繋がらない。また、多くの実証研 究において、法人税の転嫁は0~100%超まで様々な結果が示されており、特に、独占市場において転嫁の傾向は強まるとされている(西野[1998]160頁)。思うに、税の存在を 前提とすれば、可能な限りこれを転嫁しようとの思惑が働くのは、利潤の極大化を考えれ ば、合理的なことである。株主が本来自分の負担すべき税を他人に転嫁することを企むこ とは自然なことであり、実証研究を行うまでもないことである。さらに、課税される法人 と課税されない法人が同時に存在を考えた場合、非課税法人には転嫁の必要がないのであ り、競争市場を前提とすれば、課税される法人が税の転嫁をすることは考えられない。い ずれにせよ、結果的に税の転嫁が発生することと、制度設計において転嫁を予定するかという問題は、別次元の話である。転嫁の検出は、それを意図していない制度との間におい て、市場原理が一定程度機能していないことを示しているに他ならないからであり、税体 系を現実の市場に合わせて歪める必然性はな い。 10) 法人実在説と法人擬制説との関連において現行制度を理解するのであれば、基本的には営利法人課税は法人擬制説に、非営利法人課税は法人実在説に基づいており、法人税課税の 体系の中に、異なる思考が混在している歪みが生じていることを理解すべきであるとの指 摘がある(齋藤[2005]268頁)。 [参考文献] 石坂信一郎[2012]「非営利法人における課税上の論点整理とその検討」『岐阜経済大学論集』第46巻第1号。 石村耕治[1995]『アメリカ連邦税財政法の構造』法律文化社。 伊藤公哉[2013]『アメリカ連邦税法第5版』 中央経済社。 今枝千樹[2003]「非営利組織における優遇税制の現状と課題-日米の比較検討を手がかりとして」『経済論叢』第172巻第1号。 尾上選哉[2011]「非営利法人と課税所得」『税務会計研究』第22号。 金子宏[2014]『租税法第十九版』弘文堂。 齋藤真哉[2005]「原則課税制度と原則非課税制度の検討」(「非営利法人課税研究特別委員会最終報告 非営利法人課税の総合的検討」 『税務会計研究』第16巻所収)。 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Shoup Mission[1949], Report on Japanese Taxation Volume1, General Headquarters Supreme Commander for the Allied Powers (論稿提出:平成26年11月28日) (加筆修正:平成27年3月23日)

  • ≪査読付論文≫非営利組織はアドホクラシーか? / 西村友幸 (釧路公立大学教授)

    PDFファイル版はこちら ※表示されたPDFのファイル名はサーバーの仕様上、固有の名称となっています。 ダウンロードされる場合は、別名で保存してください。 釧路公立大学教授 西村友幸 キーワード: 非営利組織 アドホクラシー ミンツバーグの類型学 ビュロクラシー アソシエーション 要 旨: 本稿は、田尾・吉田[2009]によって提案された「非営利組織はアドホクラシーである」 という命題の正否の検討を目的とする。 アドホクラシーを5つの組織形態の一類型として扱ったMintzberg[1979]の所論の詳細 な分析にもとづくと、非営利組織はアドホクラシーに限定されるのではなく、他の形態と りわけ「単純構造」あるいは潜在的な6番目の形態である「ミショナリー」にも近似する ことが議論される。 本稿はさらに、Mintzbergの理論はあらゆる種類の組織を網羅した全体的類型学ではな く、仕事組織(すなわち広い意味でのビュロクラシー)に照準をしぼった中範囲類型学であるた め、ワーカーではなくボランティアからなる非営利組織には適していないことを主張する。 結論として、非営利組織はアドホクラシーではなくアソシエーションである。 構 成: I  はじめに II 組織形態とその1つとしてのアドホクラシー III 推論と反駁 Ⅳ 非営利の組織形態の検討 Ⅴ Mintzbergの類型学の検討 Ⅵ 結び Abstract This paper aims to examine the proposition that “nonprofit organizations are adhocracies” suggested by Tao and Yoshida [2009]. Based on in-depth analysis of Mintzberg [1979] who treats the adhocracy as one type of five structural configurations of organizations, it is argued that nonprofits are not restricted to the adhocracy but also in proximity to the other configurations, especially to “simple structure” or to the latent sixth configuration “missionary.” This paper further asserts that Mintzbergʼs theory is not a grand typology which encompasses all kinds of organizations but a midrange typology which limits its scope to work organizations (i.e., bureaucracies in a broad sense), so it is ill-suited for nonprofits composed of volunteers (not workers). In conclusion, nonprofits are not adhocracies but associations. ※ 本論文は学会誌編集委員会の査読のうえ、掲載されたものです。 Ⅰ はじめに 田尾・吉田[2009]による非営利組織論の教科書に、「非営利組織はアドホクラシーである」 という旨の記述がある(85-87頁)1)。アドホク ラシーは未来学者のToffler[1970]によって提唱された概念であり、「特別にこのことについての」という形容詞の“アドホック(ad hoc) ” に 「政治・ 社会組織」を意味する“クラシー ” (-cracy)という名詞連結形を結びつけた合成語である(平野[1990]、211頁)2)。それは、田尾・ 吉田[2009]がRobbins[1990]を引用しながら述べているとおり「柔軟に対応できる、した がって暫定的なシステム」であり、「整備されたシステム」としてのビュロクラシー(官僚制)3) に対置される。 別稿で田尾[1998]は、NPOやNGOなどのボランタリー組織は、組織といいながら、組織として十分な要件を備えているとはいいがたいと述べる。しかし同時に、来るべき超高齢社会におけるボランタリー組織の重要性を勘案すれば、組織論の分析対象から除外されるべきではないと忠告する。こうした問題意識が基盤となって、「非営利組織はアドホクラシーである」 という上記の見解が生まれたと考えられる。およそ組織らしからぬ、あるいは少なくともビュロクラシーからは程遠い組織としての非営利ボランタリー組織に対する理解を深めるのに、「非営利組織はアドホクラシーである」という 田尾・吉田[2009]の命題は参照点として注目に値する。本稿の目的は、この重要な命題の妥当性を検討することである。 本稿の構成は以下のとおりである。Ⅱ節では、 アドホクラシーを組織形態の一類型と認識して本格的に分析したMintzberg[1979]4)を概説する。「非営利組織はアドホクラシーである」と いう田尾・吉田[2009]の命題の正否は、まずⅢ節で論理学的に、 続くⅣ節でMintzberg [1979]の所論に即してより詳細に分析される。Ⅴ節では、田尾・吉田[2009]の命題ではなく、 Mintzberg[1979]の所論のほうを精査し、彼の組織類型学が非営利組織を理解するパワーを欠くことを指摘する。Ⅵ節では、結論および今後の課題に言及する。 Ⅱ 組織形態とその1つとしてのアドホクラシー 1 5つの組織形態 「組織はどのようにして自身を構造化しているのか」を主題とするMintzberg[1979]の著書5)には、本人も指摘しているとおり5という数字が繰り返し登場する。すなわち、 ・ 組織における調整メカニズムには5つのタイプがある6)(第1章)。 ・ 図1に示すとおり、組織は5つの基本パーツから構成されている(第2章)。ただし、別稿でMintzberg[1981]が断り書きしているように、すべての組織がパーツ全部を必要としているわけではない。組織の中にはこれらの一部しかない単純な構造のものもあるし、す べてのパーツをかなり複雑に組み合わせているものもある。 ・ 分権化、すなわち意思決定の権力を多くの個人へと分散することは、垂直方向と水平方向になされる。これら2次元の組み合わせから、分権化の5つのタイプが導出される(第11章)。 Mintzberg[1979]の考えでは、5という数字の頻出は偶然ではなく、調整メカニズム、基本パーツ、そして分権化といった要素の間には 一対一の対応関係が存在する7)。かくして、組織の構造的形態8)は、単純構造、機械的ビュロクラシー、プロフェッショナル・ビュロクラシー、事業部制、そしてアドホクラシーの5つに類型化される(表1参照)。 図1 組織の5つの基本パーツ 出所:Mintzberg [1979], p.20. 図2 アドホクラシー 注 )図中の点線は、アドホクラシーの業務の中核がしばしば切り取られることを意味している。 出所:Mintzberg [1979], p.443. 表1 5つの組織形態 出所:Mintzberg [1979], p.301. 2 アドホクラシー 5つの組織形態のうちアドホクラシーについての詳説は、Mintzberg[1979]の第21章でなされている。アドホクラシーは次のように定義される(p.432)。 さまざまな分野から選び出された専門家たちを結集した円滑に機能するアドホックなプロ  ジェクト・チーム 図1と図2とを見比べればわかるように、アドホクラシーはラインとスタッフ9)の間の区分があいまいで、またライン・マネジャーが監督というよりも仲間としてふるまうため、「組織のパーツが混成した無定形の塊」(p.442)に映る。「単純構造と機械的ビュロクラシーが昨日の構造、そしてプロフェッショナル・ビュロクラシーと事業部制が今日の構造だとするならば、 アドホクラシーは明らかに明日の構造である」 (p.459)。アドホクラシーという組織形態は、20 世紀後半に生まれた新しい産業――航空宇宙、 電子、シンクタンク、研究、広告、映画製作、 石油化学――に見られる。その構造は柔軟、自己再生的で有機的であり、古典的な管理原則か らは5つの組織形態の中で最も疎遠である。 「複雑な悪構造問題を解決するのにアドホクラシーほど適した構造はない」(p.463)。Mintzberg [1979]は、Hedberg et al.[1976]を借用し、アドホクラシーを「パレス」(宮廷)ではなく「テント」にたとえることでイメージを伝えようと努めている。 Mintzberg[1979]は、アドホクラシーを論じた第21章の末尾に5つの組織形態の諸特性を一覧化した表を添付する。そして、“A Concluding Pentagon”と題した最終(第22)章で、自己の理論の利用に関する以下のような留意点を提示する。 ①  組織は5つの各パートによって5つの異なる方向に引っ張られる。多くの組織がこれら5つの張力すべてを経験するのだが、 それぞれの条件下で優勢な張力というものがある。結果として、ある組織は5種類の形態のうちのどれかに近づく。 ②  5つの組織形態はどれも理念型あるいは純粋型であり、各形態は基本的な種類の組織構造、および組織が置かれた状況を記述したものである。 ③  (したがって)5つの組織形態は、構造上のハイブリッドを記述するための基礎として扱われる。 ④  5つの組織形態はまた、いかに、そしてなぜ組織はある構造から別の構造へと変移を遂げるかを理解するための基礎としても用いられる。 Ⅲ 推論と反駁 1 推論 Mintzberg[1979]の著書の索引には“nonprofit” という語は載っていない。また、アドホクラシーを集中的に論じた第21章にもこの語はいっさい見当たらない。同章のかすかな例外は、非商業的 (noncommercial)組織としてのユニセフに対してスカンジナビア経営研究所が行った組織構造についての提案が、(Mintzbergの用語法では)事業部制とアドホクラシーのハイブリッドへの改革と見なしうるという叙述である(pp.452-453)。つまり、Mintzberg[1979]自身は「非営利組織はアドホクラシーである」と言及しているわけではないのである。 しかし、Mintzbergが直接言及していないからといって、「非営利組織はアドホクラシーである」という命題が偽であるということにはならない。先述のとおり、Mintzbergはアドホクラシーを「さまざまな分野から選び出された専門家たちを結集した円滑に機能するアドホックなプロジェクト・チーム」と定義している。彼の定義を前提1として、以下のような三段論法を展開することが可能である。 前提1  アドホクラシーは専門家たちを結集している。 前提2  非営利組織は専門家たちを結集している。 結論   ゆえに、非営利組織はアドホクラシーである。 以上の推論は正しいだろうか。形式的には正しいといえるだろう。しかし、容易に認識できるとおり、前提2の内容は真とはいえないため、 得られた結論すなわち「非営利組織はアドホク ラシーである」もまた真ではないと考えるほうが適切である。前提2が真でないことは、田尾・吉田[2009]が述べているとおりである。「非営利組織を立ち上げるということは、ボラ ンティアを集め、彼らを人的資源として原則的に無給で有効活用することである」(32頁)。原則として、非営利組織は専門家たち(experts) ではなくボランティアを結集した組織なのであり、アドホクラシーのようにサポート・スタッフが組織の中心パートとなる(表1参照)可能性は低いといってよい。 もっとも、田尾・吉田[2009]が解説しているように、組織の規模が大きくなるほど、オフィスにいて支援活動をするスタッフ機能は、 持ち回りや片手間仕事ではなく専任者によって執行されるようになる10)。その場合には、サポート・スタッフが中心パートとしてふるまうようになるかもしれない。だが、大規模化とその帰結としての専任スタッフの雇用は、非営利組織にとってはビュロクラシー化の進展に他ならない(田尾・吉田[2009]、194頁)。「柔軟に対 応できる、したがって暫定的なシステム」としてのアドホクラシーは「整備されたシステム」 としてのビュロクラシーと対置されるのであるから、非営利組織が大規模化によってサポート・スタッフ中心的なアドホクラシーとその対 極のビュロクラシーとに同時接近するという因果は根本的な矛盾を意味する。 2 反駁 「非営利組織はアドホクラシーである」という命題の三段論法による否定は、同じ手法による反駁を呼び起こすかもしれない。先述のとおり、Robbins[1990]を引用するかたちで、田尾・吉田[2009]はアドホクラシーを「柔軟に対応できる、したがって暫定的なシステム」と定義している11)。彼らの定義を前提1として、 以下のような三段論法を展開することが可能である。 前提1  アドホクラシーは柔軟に対応できる、したがって暫定的なシステムである。 前提2  非営利組織は柔軟に対応できる、したがって暫定的なシステムである。 結論   ゆえに、非営利組織はアドホクラシーである。 ある理論的言明に対する批判は修正案や代案をともなうべきであり、また多角的に行われる必要がある(Whetten[1989])。「非営利組織がア ドホクラシーではないとするならば、一体どんな組織形態なのか」という疑問は当然に惹起されるであろう。加えて、Mintzberg[1979]の 5つの組織形態は、あらゆる理論と同様、濃厚 で複雑な現実から抽象したものであり、ある程度の単純化と非現実性を不可避的に帯びている。彼がいうように、「些末な組織を除くすべての組織の実際の構造は計り知れないほど複雑であり、机上のこれら5つの形態のどれよりもはるかに複雑なのである」(p.468)。理論と現実の間のギャップの取り扱いには細心の注意が必要である。上述のとおり、Mintzberg[1979]は自己の理論を利用する際の留意点を4点あげている。次節ではこのうち②~④をピックアップし て検討を加える。便宜上、彼が列挙した順番とは逆に、すなわち④→③→②の順に考察していくことにする。 Ⅳ 非営利の組織形態の検討 1 構造的変移:看過されたもの Mintzberg[1979]は、5つの構造的形態(単純構造、機械的ビュロクラシー、プロフェッショナル・ビュロクラシー、事業部制、アドホクラシー) それぞれについて論じた第17~21章の各章で、ある形態が別の形態へと変化する可能性を示唆している。たとえば、組織の加齢と成長によって単純構造から機械的ビュロクラシーへの変化が見込まれる。総括となる第22章で、Mintzberg [1979]は構造的変移の2大パターンを提示している。1つはたった今述べたように、単純構造に近似したものとして生誕した組織が、加齢と成長によって機械的ビュロクラシーへと変移し、さらに成長して事業部制へと向かうパターンである。もう1つは、アドホクラシーとして生誕した組織が、加齢とともに保守化して機械的あるいはプロフェッショナル・ビュロクラシーへと変移するパターンである。 このような構造的変移の可能性は田尾・吉田 [2009]も了解するところである。彼らは次のように述べている(下線は本稿の筆者が付記)。 〔非営利組織は〕ミッションを重視する限りでは、アドホクラシーの構造を採用し、 ビュロクラシーを主軸とする管理形態からは、第一線のボランティアやスタッフ、さらには、管理者や経営者さえも距離をおこうと考える。しかし、ミッションの変容、あるいは、利他主義などの素朴かつ規範的な意義が後退したり、委託などの仕事が増えて円滑な稼働システムを構築しなければならなくなれば、機械的組織から事業部制組織まで発達し、もはや企業とは変わらない構造、マネジメントのシステムを備えるようになるのは必然の経緯である。専門的な技能を有した人が多くいると、プロフェッショナル・ビュロクラシーになる。この場合は、ビュロクラシーによるマネジメントを下敷きにしながら、分権的意思決定や上方コミュニケーションを重視する構造を構築する(85-86頁)。 上記の文に引かれた下線は4本しかなく、Mintzberg[1979]が提示したもう1つの組織 類型である「単純構造」やその類義語は見当たらない12)。単純構造とは、Mintzberg[1979]によれば、ワンマンの戦略尖と有機的な業務の中核とによって構成されたものであり(図3参照)、行動はほとんど公式化されておらず、計画、訓練、リエゾン装置は活用されない。「ほとんど の組織は形成期に単純構造を経験する。多くの小組織は、しかしながら、この時期を過ぎても単純構造のままである」(p.308)。 以上の記述が、「非営利組織はアドホクラシーよりもむしろ単純構造に近いのではない か」という判断につながったとしても不思議は ない。実際、田尾・吉田[2009]は同書の別の箇所で、起業段階の非営利組織を「アントレプルナーたちがその独特の個性を活かして活動をはじめる。組織は、まだ整っているとはいえず小規模である」(36頁)と分析しており、これはとりもなおさず単純構造の特徴と見なしうる13)。 図3 単純構造 出所: Mintzberg [1979], p.307 2 ハイブリッド Mintzberg[1979]は、5つの形態は組織が利用できる5つの相互排他的な構造ではなく、 複雑な現実世界の構造を理解し構築するための統合的な準拠枠すなわち理論であることを強調する。つまり、2つ以上の形態の特徴を兼ね備えたハイブリッド構造が現実には存在するので ある。ハイブリッドの存在は理論を否定してしまうのだろうか。Mintzbergはそうならないという。重要なことは理論が現実と適合しているかではなく、現実を理解するのに理論が役立つかである。ハイブリッドも含め、実際の多様な 構造を記述するのに役立つかぎり、理論は依然として有効なのである。 既述のとおり、Mintzberg[1979]はパレス対テントというメタファー(Hedberg et al. [1976])を借用し、アドホクラシーを後者のテントにたとえている。一方、Anheier[2000] は同じメタファーを非営利組織の分析に直接用いて次のように議論する。テント組織は創造性、 即時性、イニシアチブに力点を置き、たとえば 市民活動グループ、市民発議、障害者の自助グループ、地域の非営利劇場などによって代表される。対照的に、パレス組織は権限、明確さ、果断に力点を置き、たとえば大規模な非営利のサービス提供者、シンクタンク、財団などによって代表される。大規模な非営利組織がパレス的であるというAnheier[2000]の見立ては、「非営利組織はアドホクラシーである」という命題の部分否定である。Anheier[2000]はさらに、ほとんどの非営利組織は純粋なパレスでもテントでもなく、その両方である場合が多いと述べる。つまり、非営利組織の多様な構成部分のどれかがテント的で、他の構成部分はパレスに似ているというのである。Mintzberg[1979] によれば、このように組織内の異なるパーツに異なる形態を用いた組織構造もハイブリッドの 一種である。 Mintzberg[1979]の5つの形態論を非営利組織の実証研究に用いたのがShannahan[2000] である。カナダの地方トレイル協会(provincial and territorial trail association)10社に対する質問票調査から、彼は以下の結果を得た。①10社中8社はアドホクラシーの構造特性に関して高いスコアを示した。②しかし、アドホクラシーに近似すると見なせるのは8社中1社にすぎなかった。それ以外の7社はハイブリッドであった。7社中1社は構造変化の過渡期にあると解釈することもできた。③最も一般的なハイブ リッドはアドホクラシーとプロフェッショナル・ビュロクラシーの間のハイブリッドであった(7社中4社)。④アドホクラシーの構造特性が低スコアの2社は、他の組織形態のどれかに近似しているとも、また他の形態同士のハイブリッドであるともいえなかった。要するに、この2社はMintzbergのモデルに適合しなかった。 3 理念型:5つから6つへ Mintzberg[1979]の考えでは、大多数の組織は5つの形態のうちの1つに多かれ少なかれ近似した構造を設計する。どの構造も特定の理論的形態に完全に適合するわけではない。5つの組織形態はあくまでも、現実世界から抽象された理念型あるいは純粋型である。実際の構造は5つの形態のうちのどれかに近接していたり、上記2で述べたように複数の形態のハイブリッドであったりする。つまり、現実世界における組織は、5種類ある基本形態の変異やハイブリッドととらえられるのである。 組織形態が5つという発想の背後には、表1に示したとおり、組織における調整メカニズムは5つ、基本パーツも5つ、分権化のタイプも5つという数的な一致がある。だがMintzberg [1979]は、同書の最後部で、(変異やハイブリッ ドではなく)6番目の構造的形態の候補に言及している。それは、「ミショナリー」と命名され、このタイプの組織では社会化(socialization) という調整メカニズムが用いられ、組織の中心パーツは戦略尖でも業務の中核でも中間ラインでもなく、またテクノストラクチャーでもサポート・スタッフでもなく、目に見えない「イデオロギー」である。 もし、設問が「非営利組織は5つの組織形態 のどれに近似しているか」から「6つの組織形態のどれに近似しているか」へ置き換えられるとするならば、ミショナリーという回答はアドホクラシーという回答を大きく上回るに違いない。なぜならば、非営利組織は田尾・吉田 [2009]も指摘しているようにミッションを重視する傾向があり、また「ミショナリーな目標とカリスマ的リーダーシップが共存している」 (Mintzberg[1979]、p.480)というミショナリー組織の条件を満たしていると考えられるからである。 4 まとめ Mintzberg[1979]によれば、象徴的な意味において5つの構造的形態はペンタゴン(五角形)を形成しており、各形態はペンタゴンのノードのどれかに鎮座している。現実の組織がノードと完全に一致することはない。なぜならばノードは現実から抽象された理念型だからである。そうではなく、現実の組織は多かれ少なかれ特定のノードの近傍に位置することになる。 「非営利組織はアドホクラシーか?」という問いは、非営利組織はペンタゴン上でアドホクラシーのノードの近くに集成しているだろうかという問いに翻訳される。1~3の議論をふまえると、非営利組織は広範囲に分布していると考えられる。いくつかの非営利組織は単純構造のノードに近接し、またシンクタンクや財団といった大規模な非営利はテント(アドホクラ シー)ではなくむしろパレス(ビュロクラシー) に分類される。さらに、ノードが1つ増えたヘキサゴン(六角形)上でとらえると、一定数の非営利はその新たなノードであるミショナリーのほうにより近似すると予想される。よって、非営利組織がアドホクラシー一極に集中しているとは想定しがたい。 先ほど、「非営利組織がアドホクラシーでないとするならば、一体どんな組織形態なのか」 という疑問が起こると述べた。この質問に対しては、次のように答えるしかない。「非営利組織は単純構造かもしれないしビュロクラシー (機械的もしくはプロフェッショナル)かもしれない。あるいは第6の形態であるミショナリーかもしれない。総合病院や総合大学といった非営利組織は事業部制と見なすことができるだろう。 結局、非営利組織はどのような形態でもありうる」。 Ⅴ Mintzbergの類型学の検討 1 理論の有用性 以上のようなあやふやな結論が導かれてしまうのは、1つにはもちろん現実世界が多様性と複雑性を帯びているからである。しかし、別の理由も考えられる。Mintzberg[1979]が主張するとおり、最も有用な理論とは、E = MC2 のように、言葉にすればシンプルだが応用に供されたときにはパワフルなものである(p.469)。どれほどパワフルであるかは、理論がどれほど現実を反映するかにかかっている。 もし、実際の非営利組織が非常に広範囲に分布しており、その範囲が理論的ペンタゴンやヘキサゴンの枠をはみ出ていたらどうなるだろうか。この場合は当然、Mintzberg[1979]の理論は非営利組織という対象を記述し説明する十分なパワーを欠くことになる。単に、抽象化された理論と生の現実の間に若干のずれがある、というだけの話ではなくなるのである。非営利組織の分析にとって、Mintzbergの理論が本当にパワフルなのかどうかは検討するに値する。それは、彼の理論の有用性や妥当性を吟味するだけでなく、非営利組織の理解をいっそう深化させる目的にとっても重要である。 2 組織の類型学 類似性にもとづいて事物をグループ化する手続を一般に「分類」(classification)と呼ぶ。分類が概念的であれば「類型学」(typology)、経験的であれば「分類学」(taxonomy)と呼び分けることが多い(Bailey[1994])。Mintzberg[1979]に よる組織分類は、経験的に導出されたものではなく概念的に構築されたものであり、したがって類型学に該当する。 組織の類型学は数多く存在し、それぞれの類型学は組織を分類するのに用いる基準が異なっている。これは1つには、組織の概念についてのコンセンサスが欠如している14)ためである (Mills and Margulies[1980])。 Meyer et al.[1993]は、Mintzberg[1979]の 類型学を、エレガンスとシンプルさを保持した類型学の逸品と評している。だが、Mintzberg自身が強調するように、有用な理論はシンプルであると同時にパワフルでなければならない。 彼は、5つの構造的形態を先行研究(たとえば Perrow[1970]や後述のPugh et al.[1969])と比較することで、自己の類型学がより網羅的であることを示唆している15)。そもそもMintzberg[1979] は、自著があらゆる種類の組織に関するものであると序文で宣言しているのである(pp.ⅵ-ⅶ)。にもかかわらず、彼の類型学は非営利組織の実態を描写するパワーが不足していることを指摘しないわけにはいかない。 「非営利組織」の概念が適用される範囲すなわち外延は、「非営利」という限定が加わった分だけ「組織」の外延よりもせまくなってしかるべきである。Mintzberg[1979]があらゆる種類の組織の分類を試みたのであれば、構築された彼の類型学が「非営利組織」を十分に網羅できないはずがない。こういった疑問はもっともである。Mills and Margulies[1980]の議論がこの疑問の解消に役立つ。彼らによれば、組織の類型学は潜在的な包括性にしたがって2つのグループに大別できる。全体的類型学と中範囲類型学である。全体的(grand)類型学は、 あらゆる組織を包含しようとする普遍主義的なアプローチであり、Blau and Scott[1962]や Etzioni[1961]が代表格である。これに対して、中範囲(midrange)という言葉は「すべての事物や事象ではなく限られた事象や事物に関わる」という意味で用いられる社会科学の用語である(渡部[1980])が、組織の中範囲類型学はMills and Margulies[1980]にしたがえばもっと特定的である。すなわち、中範囲類型学は組織の母集団すべてではなく、その部分としての仕事組織に焦点を合わせたものなのである。例として、Woodward[1965]やThompson[1967 / 2003]、Pugh et al.[1969]などがあげられている。 仕事(work)組織とは何か。Mills and Margulies [1980]はこの概念を定義していないが、彼らが中範囲類型学として例示したPugh et al.[1969] においては明確である。彼らのいわゆる「アス トン研究」16)が調査対象とした仕事組織の顕著な特徴は、組織のメンバーが皆、雇用されていることである(Pugh et al.[1963]、p.299)。Mills and Margulies[1980]が仕事組織との対比で非仕事(nonwork)組織と呼ぶものの正体も、やはりアストン研究からうかがい知ることができる。同研究の調査対象は上記のとおり仕事組織に限定され、「ボランタリー組織は除外された」 のである(Pugh et al.[1968]、p.67)。 1980年に発表されたMills and Marguliesの論文は、その前年発行のMintzberg[1979]の引用が間に合わず、彼の類型学が全体的レベルなのかそれとも中範囲レベルなのかを判断する根拠をあたえない。しかし、Mintzbergの所論が仕事組織に限定された中範囲類型学であることを示唆する文献がいくつかある。たとえば、 Doty and Glick[1994] は、Mintzberg[1979] の著書は組織構造の全体的理論ではなく、組織有効性の予測に焦点を合わせた全体的理論を開発したと述べている。つまりMintzbergは、組織形態の5つの理念型のどれか1つに近似する組織ほどより有効的であり、反対に理念型から乖離する組織ほどより有効的ではないという仮説を立てたのである17)。 Mintzberg[1979]自身の見解を確認してみよう。彼は、重要な先行研究の一端としてアストン研究を頻繁に引用している18)が、彼の類型学がどれほど包括的であるかについての理解は別のテーマを扱った箇所から得られる。上述のとおり、彼の著書の第11章は分権化、すなわち意思決定の権力を多くの個人へと分散することについての記述に当てられている。分権化は垂直方向と水平方向の2方向になされる。マネジャーから非マネジャーへの権力のシフトを意味する水平的分権化に関連して、Mintzberg [1979]は次のような問いを発している。 水平的分権化は、権力が地位や知識ではなくメンバーシップにもとづくときに完成する。全員が意思決定に平等に参加する。この組織は民主主義的である。      そういった組織は存在するのだろうか。完全に民主主義的な組織は、すべての問題を投 票に相当するもので解決しようとする。メンバーの選択を迅速化するためにマネジャーが 選任されるだろうが、マネジャーはそれを行う特別な影響力を持たない。全員が平等なの だ。あるボランティア組織――イスラエルのキブツや会員制クラブ――はこの理想に近寄るが、その他の組織はどうだろうか(p.202)。 さまざまな角度からこの問題を検討した上で、 Mintzberg[1979]は「われわれの非ボランティア(nonvolunteer)組織では、民主主義ではなく、能力主義でがまんするしかない」(p.208)と結論づける。彼は、序文の宣言(pp.ⅵ-ⅶ)とは 裏腹に、ボランティア組織を考察の対象から外しているのである。 これも既述のとおり、Mintzberg[1979]は 最終章で6番目の形態「ミショナリー」の存在を示唆している。後年、組織内外の権力に関する著作でMintzberg[1983b]はミショナリー (および「政治アリーナ」)を明示的に取り上げている。同書によれば、ミショナリーはEtzioni [1961]の「規範的組織」というタイプにほぼ一致する。Etzioniの組織分類(強制的組織、功利的組織、規範的組織)は全体的類型学の代表格であり(Mills and Margulies[1980])、Mintzbergはミショナリーを追加することで包括性に関する彼我のギャップを幾分埋めたといえなくもない。しかしそれでもなお、Mintzbergの類型学は全体的ではなく中範囲なのである。その論拠は、さらに後年のMintzbergの著作に見出すことができる。 彼(Mintzberg[1989])が述懐するところでは、 Mintzberg[1979]において単なる暗示にとどまっていたミショナリーを、権力に関する作品 (Mintzberg[1983b])の執筆中に6番目の組織形態として彼は発見することになった。ただし、それはあくまでも組織社会学の文献の中にであった。しかし、日本人がイデオロギー(とい う調整メカニズム)を用いて組織を経営する方法を自分たちに示してくれてからというものは、ミショナリーという概念は社会学の教室から経営の重役室へと進出したというのである。 以上のように、ミショナリーが追加されたとはいえ、Mintzbergの知的関心は依然として仕事組織に向けられていたことがわかる(もっとも、彼自身はこうした境界条件を認識していなかったように見受けられる)。仕事組織に考察の対象を限定したMintzbergの中範囲類型学を用いて、非仕事組織すなわちボランタリー組織を語ることには無理がある。 3 ビュロクラシーに対置されるものは何か アストン研究は、「メンバーが皆、雇用されている組織」としての仕事組織へのインタ ビュー調査に従事した。彼ら(アストン・グルー プ)はこの調査を通じて、「ビュロクラシーは一枚岩ではなく、組織はかなりいろいろな様式においてビュロクラティックである」と述べている(Pugh et al.[1969]、p.125)。仕事組織は多かれ少なかれビュロクラシーであると解釈する彼らは異端かといえば、決してそんなことはない。高名 な 組織社会学者 たち(Broom et al. [1981])の見解では、ビュロクラシーとは組織目標に専念させるために人々を雇う組織のことである。アストン・グループの調査対象となったさまざまな仕事組織は、「定義によって」 ビュロクラシーなのである。 田尾・吉田[2009]がRobbins[1990]に倣ってビュロクラシーと対置させたアドホクラシーは、Mintzberg[1979]により「さまざまな分野から選び出された専門家たちを結集した円滑に機能するアドホックなプロジェクト・チーム」 (p.432)と定義された。その「専門家たち」が組織に雇用されていると仮定するならば(そしてこの仮定はまったく根拠のないものではないはずだが)、当該組織はまぎれもなくビュロクラシーなのである。たしかに、「整備されたシステム」 としての(機械的)ビュロクラシーと「柔軟に対応できる、したがって暫定的なシステム」としてのアドホクラシーは大きく異なって見える。しかし、これら2つの一見対極的な組織は「雇用されたメンバーからなるシステム」という共通基盤を有している。この基盤こそがビュロクラシーを他の組織類型から区別する顕著な特徴である。 では、ビュロクラシー以外の「他の組織類型」とは何であり、またどういった特徴を持っ ているのか。この点についてもビュロクラシーの場合と同様、Broom et al.[1981]の教科書が助けになる。彼らによれば、ビュロクラシーと対比される第2の組織タイプは「ボランタリー・アソシエーション」であり、共通の利害を求めるために一緒に集まった人々によって形成される。これはまさしく、アストン研究が調査対象から除外したタイプの組織である。 Ⅵ 結び 本稿は、田尾・吉田[2009]の教科書85-87 頁の記述から「非営利組織はアドホクラシーである」という命題を抽出し、これの真偽を考察 してきた。命題は真とはいえなかった。だが、考察をふまえて本稿がこれから示す結論は、実は田尾・吉田[2009]に書かれていることの再生にすぎない。彼らが第2章で議論しているとおり、また田尾が別の文献においても繰り返し強調するとおり(田尾[1997][1998][2004a] [2004b])、非営利組織は当初はボランタリーなアソシエーションとして生成し19)、やがてビュ ロクラシーを採用していく。ただし、田尾・吉田[2009]にとってビュロクラシーは「整備されたシステム」(86頁)を意味するのに対し、本稿はそれを「雇用されたメンバーからなるシ ステム」とより広義にとらえている。とはいえ、「非営利組織は本来的にはビュロクラシーではない」と考えている点で、田尾・吉田[2009] と本稿とは意見の一致を見ている。そして、両者の間には「非営利組織はアソシエーションである」という共通認識が存在するのである。 本稿はこうしてようやく妥当な結論にたどり着いたものの、この結論をゴールとしてではなくさらなる調査の入口と見なすほうが健全と思われる。科学的探究の最も重要な第一歩は、調査されるべき事物や事象の分類である(Carper and Snizek[1980])。アソシエーションとしての非営利組織を理解するためには、適切な分類体系を開発する必要がある。仕事組織を標本とする調査を実施したアストン・グループは、ビュロクラシーにはただ1つのタイプしかないという考え方は有意義ではなく、ビュロクラシーは異なった状況で異なった形態をなすという立場をとる(Pugh et al.[1969])。アソシエーションについても同じことがいえるはずである。アストン・グループや(本稿の議論で明らかになったとおり)Mintzberg[1979]がビュロクラシーの中範囲類型学を構築したことに倣い、今やアソシエーションの中範囲類型学が構築されなければならない。 そうした類型学の構築に際しては、アソシエーションは仕事組織とは質的に著しく異なるという意見(Knoke and Prensky[1984]、菅原[2006]) を尊重すべきである。アソシエーションは独特の部類を形成している(Hall[1987])からこそ新たな類型学が必要とされるのである。1つの有望な概念枠組が、アストン・グループの末裔たちによる労働組合研究から生まれている (Child et al.[1973])。彼らは、アソシエーションとしての労働組合が、目標遂行に関わる「管理的システム」と目標形成に関わる「代表制的システム」の二重システムによって特徴づけられると論じている。「管理的システム」は、ビュロクラシー研究が焦点を合わせてきた組織の構成部分である。言い換えれば、「代表制的システム」はビュロクラシー研究ではほとんど考慮されてこなかった構成部分ということになる。二重システムという観点がアソシエーションの分析に必要とされることは、われわれの先入観を覆す次のような仮説を喚起する。すなわち、「アソシエーションは同等の規模のビュロクラ シーと比べて構造的に複雑である20)」。この仮説は、結果的に支持されるにせよ棄却されるにせよ、われわれの認識の進歩に大きな貢献を果たすと期待される。 初学者が読むかもしれない教科書の執筆者は、ときとして内容の厳密さよりも幅広さとわかりやすさを優先せねばならない。レフェリーの1人から指摘を受けたとおり、「非営利組織はアドホクラシーである」という田尾・吉田[2009] の記述も教育的見地からのやむなき簡略化の一例であるかもしれない。そうであれば、専門家向けの文献を動員してこの記述を論難しようとする行為は重大なルール違反と受けとめられる恐れもある。 しかしながら、「非営利組織はアドホクラシーか?」という疑問から得られた知見は決して些末なものではないと思われる。終わりに鑑み、 田尾・吉田の両氏に謝意を表したい。 [注] 1) 田尾・吉田[2009]、ⅳ頁の著者紹介によれば、「非営利組織はアドホクラシーである」 という旨の記述がある第4章第1節の執筆担当者は田尾である。 2) Adhocracyを直訳すると「臨時審議機構」 になる(Cameron and Quinn[2006]、訳書63頁)。また、中国語圏では「特別結構」 という対応語が用いられているようである(ウェブ検索で確認)。本稿では田尾・吉田[2009]をはじめとする多くの日本語文献に倣い、「アドホクラシー」 というカタカナ表記を採用する。 3) 本稿では田尾・吉田[2009]を引用する関係で、彼らに倣い「官僚制」ではなく「ビュロクラシー」というカタカナ表記を優先的に採用する。こういった用語法に関して、田尾 [2004b]は、「ビュロクラシーは官僚制と訳されることが多いが、官僚の組織というより も、管理のための仕掛けという意味を本来有している。官僚制という言葉は、ネガティブ なイメージで語られることが多いので、学問的に価値中立の意味合いをもたせて、以下で は、この言葉〔ビュロクラシー:筆者付記〕 を用いて、合理的に運用されている組織、あ るいはシステムを含意させる」(22頁)と記している。同様の見解は野中[1974]も参照。 4) 田尾・吉田[2009]が立論のために参照している文献はMintzberg[1983a]である。しかし、同書の読者への覚え書きにMintzbergが明記しているとおり、同書はMintzberg [1979]の実務家向けの縮約版である(齋藤 [2009])。本稿は、情報量がより豊富で“A Synthesis of the Research”という副題をともなったMintzberg[1979]のほうを参照する。 5) 正確には、Mintzberg[1979]が同書を執筆した理由は、組織がどのようにして戦略を形 成するのかに関心を持ったこと、そしてそのためにはまず組織がどのようにして自己を構 造化するのかを学ぶ必要があると考えたからである。(p.ⅺ)。中野[1982]による同書へ の書評も参照。 6) 調整メカニズムに関する類型論は、組織の構造化あるいはデザイン問題の出発点である。 榊原[2013]、113-116頁を参照。 7) これに関してMintzberg[1979]は次のような注釈をつけている。「信憑性を水増しする 危険を承知の上で、私は、この見事な対応関係が捏造されたものではないことを指摘した い。5つの構造的形態を決めた後ではじめて、5つの調整メカニズムおよび組織の5つの パーツとの対応関係に私は驚いたのである。 ただし、5つの形態に沿うかたちで、第11章 の分権化の類型論に(それがより論理的なもの となるよう)若干の修正がなされた」(p.301)。 8) ここで「形態」と訳されている英単語は “configuration”である。コンフィギュレー ションとは、組織の各部分、要素の相対的な配置のことで、ドイツ語のゲシュタルト (Gestalt)に当たる言葉である(坂井[2013]、 43頁)。 9) いうまでもなく、スタッフ部門に相当するのがテクノクラシーとサポート・スタッフである。Mintzberg[1979]、p.33を参照。 10) 非営利組織の規模とスタッフ雇用の間の定量分析については、西村[2005]、[2009]を参照。 11) Robbins[1990]はもちろんMintzberg[1979] の所論に依拠している。Robbinsは著書の第Ⅲ部に“Organizational Design”というタイトルを付け、まず第10章でMintzberg[1979] に即して組織の5つの基本パーツ、そして5つの構造的形態を解説する。第11章はもっぱらビュロクラシーの議論に、続く第12章はもっぱらアドホクラシーの議論に用いられている。アドホクラシーは、「多様なプロフェッショナル・スキルを持ったほとんど初対面の人々(relative strangers)からなる集団によって解決されるべき問題の周囲に組織された、 急速に変化し、適応的で、たいていは暫定的なシステム」と定義されている(Robbins [1990]、p.354)。 12) 田尾・吉田[2009]からの引用文の中の「機械的組織」は、Mintzberg[1979]の用語法では「機械的ビュロクラシー」に相当すると 見なされた。 13) 田尾・吉田[2009]による非営利組織のライ フサイクル・モデルは、起業、集合化、形式化、成熟、衰退の5段階からなる。一方、 Hasenfeld and Schmid[1989]のモデルは、設立、発展、成熟、確立、衰退、崩壊の6段階からなる。田尾・吉田[2009]と同様に、 Hasenfeld and Schmid[1989]は、設立期の非営利組織の構造が単純構造に近似すると想定している。彼らのユニークなところはアドホクラシーに対する見解である。彼らのモデルでは、アドホクラシーは成熟期の次の確立期に現出する組織構造である。Hasenfeld and Schmid[1989]および小島[1996]を参照。 14) 「組織とは何か」という問いに対する回答は多岐にわたる。中條[1998]、金井[1999] を参照。なお、Mintzberg[1979]は第3章で、組織のとらえ方を①公式権限のシステム、② 調節された活動のシステム、③非公式コミュニケーションのシステム、④仕事の集まり(constellation)のシステム、⑤アドホックな意思決定プロセスのシステム、の5つに整理している。 15) Mintzberg[1979]は、「Perrow[1970]は4つの構造を描写し、それらはわれわれのもの 〔5つの類型:筆者付記〕のうちの4つとおおよそ対応する」(p.300)としか言及していない。2つのモデルの間の対応関係はもっと厳密に吟味される必要がある。Pugh et al.[1969]に対するMintzbergの評価とその問題点に関しては、以降の注18を参照。 16)アストン研究の組織分類は経験的に導出されたものであるため、類型学(typology)よりも分類学(taxonomy)のラベルを貼るほうが適切である。アストン研究の詳細は、岸田 [1987]、幸田[2013]、榊原[1979]を参照。 17) 別稿におけるDoty et al.[1993]の説明によれば、理念型に近似する組織ほど有効性が高くなるのは、組織の多様な構成要素間に内部一貫性すなわち適合が生じているからである。なお、Doty et al.[1993]の経験的調査では、Mintzberg[1979]の5つの理念型に近似する組織ほどより有効的であるという仮説は支持されなかった。理論予測は外れたものの、このことは組織形態の5つの理念型というアイデアそのものを否定するわけではな い。Doty et al.[1993]は以下のように弁明する。類型学と理論は同一ではない。組織有効性が理念型への近似の関数であるという予測は理論である。一方、類型学は現象を記述するのに用いられるデバイスである。類型学としては、Mintzbergの著作は5つの(潜在的に有効な)組織形態を識別する豊潤な記述用具を提供しているのである。さらに、Doty et al.[1993]はMintzbergの理論予測が外れた原因を、彼らの調査に含まれていた組織サンプルの雑多性に帰している。彼らは、より同質的なサンプルを用いた後続研究においてMintzbergの理論が確証されることを期待している。後続研究の進捗状況については、 Short et al.[2008]を参照。 18) Mintzberg[1979]の考えでは、彼の5つの組織形態のうち、単純構造はアストン研究 (Pugh et al.[1969])における「暗黙に構造化された(implicitly structured)」という類型に、機械的ビュロクラシーは「完全(full)ビュロクラシー」という類型にほぼ等しい。しかし、 残る3つの形態(プロフェッショナル・ビュロクラシー、事業部制、アドホクラシー)とアストン研究との照合は手つかずのままである。さ らに悪いことに、 Mintzberg[1979]は、 Pugh et al.[1969]が自己の5つの形態のうちの2つを描写していると論じている (p.300)。これはミスリーディングであり、 Mintzberg[1979]の分類のほうがより徹底的であるかのような印象を与えてしまう。 Pugh et al.[1969]を一瞥すれば明らかなように、彼らは上記の「暗黙に構造化された」 と「完全ビュロクラシー」を含む計7つの組織類型を提示している。アストン研究と Mintzberg[1979]の類型学の間の対応関係もやはりもっと厳密に吟味される必要がある。 19) 田尾・吉田[2009]によれば、「組織」とは目標達成を図るための、個人の意図を超えたシステムを具備したものである(49頁)。立 ち上げの段階では、「非営利組織とはいうが、その多くは組織、つまりオーガニゼーションに相当するしくみを備えていない。厳密には、まだ集団というべきものが多い」(34頁)。彼らの組織概念は狭義で、ビュロクラシーのみを含みアソシエーションを排除している傾向がある。一方、本稿は、組織概念にはビュロクラシーとアソシエーションの両方が含まれるという広義の見方を採用する。 20)この仮説は、Anheier[2000]によって提唱された「非営利組織複雑性の法則(the law of non-profit complexity)」からヒントを得た。 [参考文献] Anheier, H. 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  • 第11回学会賞・学術奨励賞 | 公益社団法人 非営利法人研究学会

    学会賞・学術奨励賞の審査結果 第11回学会賞・学術奨励賞の審査結果に関する報告 平成24年8月25日 非営利法人研究学会 審査委員長:堀田和宏 非営利法人研究学会学会賞・学術奨励賞審査委員会は、第11回学会賞(平成23年度全国大会の報告に基づく論文及び刊行著書)、学術奨励賞(平成23年度全国大会における報告に基づく大学院生並びに若手研究者等の論文及び刊行著書)及び学術奨励賞特賞(平成23年度全国大会における報告 に基づく実務者の論文及び刊行著書)の候補作を慎重に選考審議した結果についてここに報告いたします。 1. 学会賞 該当作なし 2. 学術奨励賞 該当作なし 3. 学術奨励賞特賞 該当作なし

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    書 名:非営利法人経営論 執筆者:岩﨑保道[編著] 所属機関:高知大学評価改革機構 発行所:大学教育出版 発行年月:2014年10月 総ページ数:190 ​ 書 名:非営利組織のソーシャル・アカウンティング― 社会価値会計・社会性評価のフレームワーク構築に向けて ― 執筆者:馬場英朗 所属機関:関西大学 発行所:日本評論社 発行年月:2013年10月 総ページ数:218 ​ 書 名:ボランティアの今を考える 執筆者:桜井政成[編著] 所属機関:立命館大学 発行所:ミネルヴァ書房 発行年月:2013年9月 総ページ数:222 ​ 書 名:戦略的協働の経営 執筆者:後藤祐一 所属機関:長崎大学 発行所:白桃書房 発行年月:2013年4月 総ページ数:140 ​ 書 名:非営利組織の理論と今日的課題 執筆者:堀田和宏 所属機関:近畿大学 発行所:公益情報サービス 発行年月:2012年3月 総ページ数:917 ​ 書 名:非営利組織の理論と今日的課題 執筆者:堀田和宏 所属機関:近畿大学 発行所:公益情報サービス 発行年月:2012年3月 総ページ数:917 ​ 書 名:市民社会政策論―3・11後の政府・NPO・ボランティアを考えるために― 執筆者:田中弥生 所属機関:(独法)大学評価・学位授与機構 発行所:明石書店 発行年月:2011年8月 総ページ数:384 ​ 書 名:現代企業簿記会計 執筆者:横山和夫 所属機関:東京理科大学 発行所:中央経済社 発行年月:2002年9月 総ページ数:504 ​ 書 名:非営利組織体の会計 執筆者:杉山 学 他 編著 所属機関:青山学院大学 発行所:中央経済社 発行年月:2002年9月 総ページ数:330 文献四季報 このページは本学会会員が発表した図書・学術論文を収録するものです。会員の研究学績を広く社会に紹介するために設けました。情報がありましたらメール等にてお寄せください。 なお、執筆者の所属機関は発表当時のものです。 ■図書の部

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    地域部会について 非営利法人研究学会には、学会内で地域別に活動するスタディグループがあります。将来的には、複数のスタディグループとスタディグループが連携して活動していくことを目指しています。 ●下の地図上の部会名をクリックすると、部会別の報告ページに移動します。 北海道部会 中部部会 関東部会 関西部会 九州部会

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